第18話 恋の話

 講習が終わり昼休みになった。高砂と購買へ行くため立ち上がろうとした瞬間スマホが震えた。


 見ると緑青からメッセージが来ている。


『今日は国語資料準備室に行けそうにないわ。ごめんなさい。その代わりといってはなんだけど、今夜通話できるかしら』


 通話!? 緑青と? 今夜?


 衝撃的な内容に動揺してスマホを落としそうになる。


「おーい黒石、お前買わねーの?」

「あ、買う買う」


 慌てて『了解』とだけ送りスマホをしまう。


「何にやついてんだよ」

「は?」


 にやついてる? 俺が?


 俺は口元を押さえて平静を装い、高砂から離れるようにしてパンコーナーに向かった。人混みに揉まれながら、にやついてなんかない、と自分に言い聞かせる。朝のもやもやなんて吹っ飛んでしまった。





 文化祭の準備二日目。


 俺は昨日と同様に段ボールを切っては貼り付ける作業を延々と繰り返していた。高砂は部活があるので今日も不参加。黄瀬は松来を含む何人かの女子と買い出しに行っている。


 一人で黙々と作業していたら同じ大道具係の男子三人に一緒にやろうと声をかけられたので場所を移動する。三人は作業をそっちのけでなにやら盛り上がっていた。


「黒石はどうなの?」


 急に話題を振られなんのことかさっぱりな俺は何が、と聞き返した。


「クラスの女子のことだよ。好きな奴とかいねぇの?」


 なるほど恋の話か。この手の話題はあまり得意ではないので、いないけど彼女は欲しいと無難な答えを返す。


「だよなー。俺も彼女欲しい」

「黄瀬とかいいよな。優しいし可愛いし」

「わかる。そういえば黒石って黄瀬と仲良いよな? なんで?」

「あー……同じクラス委員長だからその流れでたまに話すだけ。別に仲良くないよ」


 聞かれると思った。やはり黄瀬は人気がある。実際のところ俺が勝手に親近感を抱いているだけで仲が良いわけではない。


「そうかー? あ、でも松来もよくね?」

「スタイルいいよな」

「でも渡辺とできてんだろ?」

「え、お前知らないの? 渡辺はあれだよ。この前緑青藍に告白して振られたらしいぜ」


 緑青の名前が出てきて動揺し、ガムテープを必要以上に出してしまった。ハサミでちょうど良い長さに調整する。


「うわーまじ? でも緑青かー、あれは流石に無理だろ」

「だよな。去年のミスタコン一位の先輩も振られたって聞いたし」

「あとテニス部のキャプテンとバスケ部の……名前なんだっけ?」

「俺も名前知らないけど、スタメンの人だろ?」

「そう! その先輩でもダメだったらしい」


 渡辺が緑青に気があることは知っていたがまさかもう振られていたとは。それにミスタコンの先輩にテニス部のキャプテンとバスケ部のスタメン……校内で有名かつイケメンな男子も玉砕していたなんて。流石学校一の美少女だな。


「まぁそんな話は置いといて、文化祭までに彼女できたらさ一緒に回りたいじゃん」

「お前まさか黄瀬に告る気かよ。やめとけやめとけ」

「うるせー」


 三人のやりとりに耳を傾けつつ、俺は段ボールをカッターで裁断してはガムテープを貼るを繰り返した。





 買い出しに行っていた黄瀬たちが帰ってきてしばらくして今日の活動はお開きになった。


 緑青は今日はあの場所に来ない。その代わり通話することになってしまった。正直めちゃくちゃ緊張する。とりあえずまっすぐ家に帰ることにした。


 家について鞄から宿題のプリントを取り出そうとしたのだが、見つからない。どうやら机の中に忘れて来てしまったらしい。


 取りに行くか明日の朝早く学校に行ってプリントの問題を解くか、俺は前者を選択した。朝早く起きるのが嫌だったからだ。


 学校に再び辿り着いた俺はさっさとプリントを持って帰ろうと思い教室に入ろうとした。その時。


「ねー菜乃花、渡辺のことどう思う?」


 誰もいないと思っていた教室から松来の声が聞こえて咄嗟に隠れる。ドアの横の壁に背中をつけ息をひそめた。


「え? 実行委員としてすごく頑張ってくれてるよ」

「そうじゃなくて、その……最近なんか元気なくない?」

「えーそうかな?」

「そうなんだって! なんかあったのかな」

「うーん、私には普通に見えるけど。でも有里華が言うんだったら、そうなんだろうね」

「うん……。なんか聞きにくいんだよね。こんなんで告白とかできんのかなぁー私」


 会話が嫌でも耳に入る。これ俺が出て行っていいのか? いや駄目だろう。話の内容からしてガールズトークってやつだし、俺に聞かれちゃまずい内容なんじゃないだろうか。


 退散しよう、そう判断した俺はゆっくりと抜き足差し足忍び足でその場から離れようとした。が、運命の悪戯なのか俺のスマホが音楽を奏でた。


「えっ誰かいんの!?」


 松来が声を上げた。まずい。家に着いた時にマナーモードを解除してしまったのだ。なんという失態。俺は隣のクラスに駆け込んで身を潜めようとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。万事休す。


「く、黒石くん?」

「……最悪」


 黄瀬の少し驚いたような声と松来の吐き捨てるような声が後ろからして自分のタイミングの悪さを呪った。


「……何も聞いてないから」

「嘘」


 安心してくれ、と言う前に松来からいつもよりずっと低いドスのきいた声で否定される。


「誰かに言ったら許さないから」


 俺はこくこくと頭を上下に振った。黄瀬は心配そうに俺を見つめている。松来は俺が必死に頷いているのを見て安心したのか、菜乃花帰ろ、と言って俺を解放した。


 一人残された俺は目的であった机の中のプリントをファイルに入れた。


 松来の怒りがおさまりますように、と静かに祈りながら。

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