第19話 電話批評

 思わぬアクシデントで疲弊してしまったが緑青と通話を控えているため早足で帰路に着く。


 正直めちゃくちゃどきどきする。女子と電話なんていつぶりだろう。小学生以来じゃないだろうか。


 緑青からのメッセージを見返そうとスマホを見ると追加で三件メッセージがきている。というか、先ほどの電話の主が緑青だった。


『ごめんなさい。間違えて電話をかけてしまって』

『通話の時間なのだけど、19時で大丈夫かしら?』

『都合が悪かったら教えて。できれば19〜20時の間だと嬉しいのだけど』


 俺は慌てて『19時でOK』と返事をした。





 帰って宿題をし早めの夕飯を食べ風呂に入った。あと五分で約束の時間だ。そわそわして落ち着かない。意味もなくベッドから立ち上がって部屋の中をうろうろしてしまう。


 多分、緑青の方からかけてくるんだろう。待っているだけでいいはずなのにじっとしていられない。だって、こんなの彼氏彼女みたいじゃないか。


 黒い画面だったスマホが光り、音楽とともに振動する。緑青、と表示された画面。


 俺は深呼吸をしてから通話ボタンを押した。 


「もしもし」

「もしもし、黒石くん? 緑青です」


 電話越しの緑青の声。耳元で囁かれているようで妙にくすぐったい。


「うん。あー……今日は、その、お疲れ様」

「ふふ、お疲れ様」

「その、なんか用でもあったのか? 電話なんて」

「ええ、ちょっと反省したの。ごめんなさい」


 急に謝られ困惑する。緑青が謝ることなんてないはずだが。


「お話を読ませてもらって、私良くない点ばかりを指摘してしまったけれど、良かった点も伝えておかなきゃって思って」


 漫画のことだったのか。


 いや、それしかないだろう。彼女が俺に電話をする理由なんて。


「褒めて伸ばす、指導の基本だもの」


 まるで先生だ。面倒見が良く責任感が強い性格なんだろう。


「良かったと思うところを言うわね。あ、メモとかってとれるかしら? 一回だけしか言わないから」


 俺はベッドから立ち上がり椅子に腰掛け机の上にあったルーズリーフとシャーペンを手繰り寄せた。


「大丈夫だ」

「それじゃあ、言うわね。まず、主人公が泣き出してしまったヒロインを助ける時、布で覆って隠してあげるところが良かった。優しい、気遣いができる性格なのが伝わったわ。主人公の好感度は読者が感情移入し応援する上でとても重要だから。それにヒロインの弱点を知り秘密を共有するという流れ、カリギュラ効果で言ってしまいたくなるけれど言わないで守り通すことで信頼関係を構築する、いい案だと思うわ。あとヒロインがお面をつけることで本来の自分を見せる展開、仮面ペルソナつけることによって外的側面──ペルソナを外すことになるなんて面白いわ」


 立板に水のごとく緑青は俺への賛辞を述べた。照れくさいのに胸がじんわり暖かくなる。褒められるのってこんなに嬉しかったのか。


「……とりあえず、ここまで。つまりね、頭ごなしに否定するみたいになってしまったけれど、良いところもあるから」

「うん」


 十分伝わった。スマホを持つ手に力が入る。もっと頑張ろうと。


「私、このお話完成させて欲しい。読ませて欲しいの。お願いできるかしら」

「ああ、努力する」


 待ってくれる読者がいる。それだけで百人力だ。


 緑青がなんでここまでしてくれるのか見当もつかない。それでも電話越しの声はとても真摯で、出来ることはなんでもしようと思ってしまう。


「応援してる」

「ありがとう」

「それじゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ」


 俺は少しの間通話終了し真っ暗になった画面を見つめて、それからプロットのノートを開いた。

 

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