第17話 変化
「そういえば黒石くん。あなたは何をやるの?」
「え?」
「お化け屋敷。この主人公と同じで脅かし役なのかしら」
「いや、大道具係になった」
「そうなの?」
「主人公のモデルは一応俺だけど、俺そのものってわけじゃないからな」
だからちょっとばかし美化して描かいたのは決して自分をイケメンと思ってるからじゃない。キャラクターとしての魅力アップのためだからな、と心の中で言い訳しておく。
沈黙の後、緑青は文庫本を鞄にしまい立ち上がった。
「私はもう帰るけど、あなたはどうするの? もし残るのなら鍵を渡すわ」
「うーん、そうだなぁ……俺も帰ろうかな」
明日までの宿題もでてしまったことだし、もう帰って家で勉強した方が良いだろう。
「そう。なら私が鍵を閉めるから、あなたはもう帰っていいわよ」
「いや、俺が鍵を閉めて返しておくから貸してくれ。白井に渡せばいいんだろ?」
「どうして?」
緑青は小首を傾げて不思議そうに俺を見つめる。
「職員室寄ってから帰るの面倒だろ。いつもやってもらうのは悪いと思って……俺だってこの教室使わせてもらってるんだから。交代制にしよう」
「……ふっ、ふふっ」
何がおかしいのか緑青は口に手を当てて笑い始めた。
「なに笑ってんだよ」
「だって、使わせてもらってる、だなんて……私に強要されて、仕方なく、渋々ここに来ていると思ってたから。そういうわけではなかったんだなぁと思って」
「そ、それは」
確かに最初は嫌々だった。
緑青の脅しは怖かったし、誰かに一緒にいるところを見られるかもしれない不安もあった。でも今はこうして二人で会話をするのも、漫画について批評をされるのも、悪くない。それどころか楽しい、なんて思ってしまっている。
「せっかくだから、お願いしようかしら」
緑青が俺に鍵を差し出したので、素直に受け取った。
「明日は来れるかわからないから、連絡するわね」
そう言い残して、彼女はドアを開けスタスタと廊下を歩いていった。
俺は窓が閉まっているか確認し、電気を消して鍵をかけた。そして職員室に行き白井に鍵を手渡した。白井はコーヒーを飲みながら受け取った鍵を引き出しにしまった。
「黒石くんが来たからびっくりしたよ」
そう言ってへらりと笑う。やはりどこか頼りない。
「俺が行くって言ったんです。今度から交代で鍵借りに来ますんで」
「そっか。気をつけて帰ってね」
「はい」
用が済んだので俺はさっさと職員室を後にした。
★
翌日。
「おはよー! 黒石くん」
「おはよ黒石」
靴箱で上履きを履いていると外からやって来た黄瀬と松来から挨拶をされた。ぎこちなくおはよう、と返す。俺は松来がちょっと苦手だ。ギャル系の見た目で少し怖い。
「あ」
何かに気づいたように、松来の視線が廊下の方に移る。何かと思いその目線の先を追うと渡辺が一人で歩いているのが目に入った。
「菜乃花ごめん、私先行くわ」
「うん、わかった」
松来は急いで上履きに履き替えると、渡辺の方へ駆けて行った。
そうか。なんとなくわかった。松来は渡辺のことが好きなんだな。
どうせ教室で会えるのに、わざわざ追いかけるということはそういうことだ。
残された黄瀬が上履きに履き替えた後、俺ににこやかに微笑んだ。
「黒石くん、教室までご一緒してもいい?」
「お、おう」
黄瀬は松来に比べると地味で大人しい印象だが顔立ちが整っているので隣を歩く際男子の目が少し気になる。
でも同じクラス委員長だからという免罪符があるので恨まれることはないだろう。
「あ」
こちらに向かってくる人物の存在に気づき、思わず声が漏れてしまった。
緑青だった。長い髪を靡かせ、姿勢良く堂々と廊下を闊歩している。圧倒的なまでの存在感。
「あ、緑青さんだ」
黄瀬も気づいたらしくぽつりと彼女の名を呟いた。だんだんと近づいてくる緑青になぜか胸が少し苦しくなる。すれ違った時思わず目を背けてしまった。
「やっぱり緑青さんって綺麗だよね。なんていうのかな、オーラ? があるっていうか。やっぱり私たちとは違うよね」
「……あ、ああ」
昔の俺が知っていたのはあの緑青だ。
気高く美しい孤高の存在。
でも今となっては違和感しかない。俺をからかって笑う無邪気な女の子、それが今の俺にとっての緑青だから。冗談を言ったり、不安そうな表情を浮かべたりする普通の女の子の面を知ってしまったから。
でもそれはあの国語資料準備室でだけの姿だ。
普段の学校生活で俺と緑青には接点すらない。現に挨拶すらされなかったし、しなかった。
いや、できなかった。
もやもやを残したまま教室へ向かうと高砂にどつかれた。黄瀬ちゃんと登校するなんてずるいぞ、と言われたので、偶然会ったんだよと言いながらどつきかえした。
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