第16話 批評
「よう。お疲れ」
もしかしたらいるかもしれない、そう思い国語資料準備室に出向くと期待通り緑青が机に座って文庫本を読んでいた。俺に気がつくと顔を上げ本をぱたんと閉じる。
「今日は来ないと聞いていたのだけれど」
「ちょっと早く終わったからさ。緑青んとこはどうなんだ? 今日準備あったんだろう?」
「役割分担と衣装と外装、その三つを決めて解散だったわ」
「へぇ。緑青は何の役をやるんだ?」
「私は接客だけど」
「だと思った」
「頼まれたんだもの。特に断る理由もなかったから」
今年の売り上げトップは緑青のクラスで決まりだな。
「そうだ、漫画の方は調子どう?」
「まぁ、ぼちぼち? かな」
俺は鞄からプロットが書かれているノートを取り出し緑青に差し出した。一応話の流れだけでもとにかく書こうと、若干投げやりになりつつ書いてみたのだ。内容は以下の通りである。
主人公は高校の文化祭でお化け屋敷の脅かし役をやっていて、ヒロインであるハイスペック美少女はそのお化け屋敷に客として入ってくる。
主人公が思いっきり怖がらせると、ヒロインは腰を抜かし挙句の果てには泣き出してしまう。そう、完璧に見えた彼女の唯一の弱点、それは極度の怖がりであるということだった。
慌てて自分の被っていた布でヒロインを隠し、出口まで誘導する。例え作り物とわかっていても怖いくらい、お化けが大の苦手らしい。
ヒロインは完璧な自分じゃないとみんなは受け入れてくれない、弱点なんてあってはいけないと思っていて、目の腫れが引くまで主人公と行動することにする。
顔をお面で隠したヒロインは完璧を演じなくて良くなったからかとても無邪気で、想像していたよりもずっと親しみやすく、拍子抜けしてしまう。
主人公は元々ヒロインに憧れていたこともあり、ギャップからすとんと恋に落ちてしまう。そして文化祭のメインイベント・告白大会で告白し両思い。ハッピーエンド。
と、こんな感じだ。
緑青は読み終えたのかノートから顔を離して口を開いた。
「そうね……悪くはない、と思うわ。」
「そ、そうか!」
「でも、どうしてヒロインは苦手と自覚しているお化け屋敷に入ったのかしら」
「それは、あれだ。克服のためだろう。高校の文化祭レベルなら、そこまで怖くないだろうから弱点克服の練習のために一人で入ったとしてもおかしくない」
「……いいわ。ではもう一つ、ヒロインはいつ主人公を好きになるのかしら」
うぐっ……痛いところをつかれた。その理由がまだ決まっていない。というか、思いつかない。お化け役で怖がらせたのも主人公だから、助けたことにはならないし。
「主人公に告白されてヒロインがそれを受け入れるのはちょっと展開が早すぎる気がするわ」
「ゔっ」
「知り合って一日も経っていないんだもの」
「それは……文化祭マジック? 吊り橋効果的な……?」
「吊り橋効果を狙うなら、もっと命の危機に瀕するくらいのトラブルが起こらないと。それこそ事故から救うとか」
「……」
「勿論、劇的な事象がなくとも心惹かれることはあると思うわ。でも、このヒロインは所謂ちょろインではないのでしょう?」
ん? なんか今緑青の口から妙なワードが飛び出さなかったか?
「何?」
「いや、ちょろインとかそういう造語知ってるのが意外で」
「なによ。私だって少しは勉強してるのよ。とりあえず、これはお返しするわね」
ノートを返され、自分でも読み返す。緑青の指摘はごもっともだ。ついでにヒロインがお化け屋敷に入った理由をメモしておく。
というか、勉強って漫画についてってことだよな。俺のため? なんて思うのは、自惚だよや。
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