第15話 夏休み
夏休みが始まった。
とはいえバケーションというわけにはいかない。夏期講習と文化祭の準備で学校へ行かなくてはならないからだ。
夏期講習は自由参加ではあるものの参加しない生徒は少ない。進学校とだけあって部活動をしていない生徒はほぼ全員参加で、かく言う俺もその一人だ。
講習自体は授業となんら変わりない。真面目にノートを取り、教師の発言を適度にメモし、タブレットで動画説明を見て、例題を解く。宿題を渡されて今日の講習は終わった。
★
お昼を食べた後は文化祭の準備にとりかかる。
お化け屋敷の背景を作る大道具係になった俺はダンボールと緑色のスズランテープで柳の木を作っている。
それが完成したら幽霊が出てくる井戸を作る予定だ。なんでも典型的な古き良き日本のお化け屋敷を作るらしい。うらめしや〜って感じのだ。
係決めが希望制だったおかげで脅かし役にならなくて済んで助かった。暗闇があまり好きではないのと人を脅かす才能があるとは思えなかったからだ。幸いこういった物作りは嫌いではないしコツコツ作業するのも苦ではない。
そういえば高砂は部活があるから準備をあまり手伝えないからって理由で幽霊役になったんだよな。お調子者のアイツなら適任だろう。
因みに黄瀬は俺と同じ大道具係だが当日は受付も担当するらしい。可愛い女子を受付に配置して客引きをするという魂胆だろう。
まぁ、厳つい男子が受付にいるより優しそうな女の子がいる方が老若男女問わず受けがいいに違いない。適材適所ってやつだろう。
「黒石くん! これ、少し貰っていってもいい? 使いたいって子がいるんだ」
黄瀬のことを考えていたらご本人が登場し、少々面食らう。彼女は折りたたまれた段ボールの山を指差している。十分すぎる量なのでいくらでもどうぞだ。
「いいぞ。あ、そうだ新しいガムテープをついでに持ってきてもらってもいいか? もう終わりそうなんだ」
「はーい」
返事をしながら段ボールを四つ持つと黄瀬はぱたぱたと去って行った。
「菜乃花ー! こっちに来てー!」
「わーっ待って」
忙しそうだ。やっぱり黄瀬は人気者だな、としみじみ思う。黄瀬は俺よりもずっとクラスメイトの信頼を勝ち得ているし、立ち振る舞いがとても自然だ。似てるところはあると思うが、彼女と比べたら俺はとてもぎこちないに違いない。
黙々とダンボール同士を残りわずかなガムテープで固定していると、教室の後ろの方から女子の不満の声が聞こえてきた。
「えーこの量嘘でしょ? 無理だって」
「はぁ? こっちだって人手足りないんだけど」
「衣装係の人数、少なすぎじゃん?」
「それなー」
「あっ! 着る人が自分で作ればよくない?」
「ちょっと、縫うとかそんな時間かかるの無理。部活あるし」
どうやら揉めているらしい。後ろを振り向くとちょうど渡辺と松来が止めに入ったところだった。初日から揉め事とは先が思いやられる。
「お待たせ〜。はい! ガムテープ」
上からにゅっとガムテープを持った手が現れた。反射的にそれを受け取り、お礼を言う。
「さ、さんきゅ」
どういたしまして、と言いながら黄瀬は俺の隣にしゃがんだ。
「うわー、黒石くん器用だねぇ」
「そ、そうか?」
「すごいよ。なんか本物感でてるよ!」
黄瀬は俺の作り途中の柳の木を見て感心している。褒められることは素直に嬉しい。昔も今も全然変わっていない自分にひっそりと苦笑する。調子に乗らないよう、気をつけなくては。
「さーて、私もこれ早く作らなきゃ」
黄瀬は手に持っていた袋から大きな黒い布取り出し、ハサミで裁断しはじめた。出入り口に垂らして光を遮断するための暖簾を作るのだという。
「お化け屋敷を迷路っぽくするのはすごく面白そうなんだけど、ちょっと大変だよね」
小声で黄瀬が話しかけて来たので、俺も小声で返す。
「そうだな。結構本格的なものを作るみたいだし、人手が足りないよな」
「うん。今、ちょっと衣装作りのことで揉めてるみたいなんだ」
「聞こえた。衣装って、市販の買えばいいのにな」
「確かにその方が楽だけど……でも経費そんなに沢山ある訳じゃないし、布も余っちゃうと勿体ないからね……」
「そうだな」
既製品はネットで安いものも探せば予算に収まるものもあるかもしれないが、既に布を買ってしまったらしい。無駄にするのは忍びないってことか。難儀だな。
それからしばらくして、手をパンと合わせる音が聞こえて、俺と黄瀬は顔を上げた。
「初日だし、今日はここまで! 明日も頑張ろうね」
「部活ある奴は無理しないでいいからな!」
渡辺と松来が場を締めくくり、今日の準備は終了した。
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