第7話 似ている
緑青との外出を終え、あっという間に月曜日になった。いつもより早めに登校した俺は靴箱の前で黄瀬と出会した。
「おはよう、黒石くん。早いね!」
「おはよう。黄瀬もな」
「なんか目が覚めちゃって! せっかくだから早めに行って予習でもしようかな〜って思って」
「今日数学小テストあるもんな」
「そうなの。苦手だからやんなっちゃう。早く夏休み来ないかなぁ」
「あれ、黄瀬は夏期講習受けないのか?」
「……受けます!」
「だと思った」
「夏休みも勉強漬けなんてやだよぉ」
黄瀬と話すのは楽しい。クラスで唯一気兼ねなく会話できる女子は彼女だけだ。委員会が同じで話す機会が多いからか黄瀬も積極的に話しかけてくれる。
「あ、そうだ。私黒石くんに聞きたいことがあったんだ」
「なんだ?」
俺の顔を覗き込むように見つめる。
「あのね、私……見ちゃったんだ」
神妙な面持ちをした顔が近づいてくる。嫌な予感。首筋を汗がじんわりと伝い、蝉の声がやけにうるさく聞こえる。
「黒石くんが緑青さんと一緒に歩いてるところ」
予感的中。誰にも見られないで二人で出掛けるなんて不可能だったのだ。変装はなんの意味もなかった。無慈悲。
黄瀬は黙って俺が言葉を待っている様子だ。どうする? 偶然ばったり会ったから一緒に買い物してたんだ、と誤魔化す? いやそれはかなり不自然だ。入学してまだ四ヶ月経っていないしクラスも別、接点なんて一切なかった俺と緑青が買い物? ありえない。とはいえ本当の理由──付き合ってるからなんて口が裂けても言えない。
「ごめんねっ」
黄瀬が手を合わせて頭を下げた。
「詮索するなんて野暮だよね! ちょっと気になっちゃって……」
そう言って申し訳なさそうに首を垂れる。気になるのは無理もない。俺と緑青というアンバランスな組み合わせを見て不思議に思うのは当たり前だ。黄瀬は悪くない。
「いや、別に隠すことじゃないんだ」
できることなら隠したかった。でも黄瀬になら全部は無理でも事の発端くらいなら話しても良いと思った。
「緑青が俺が落としたノートを拾ってくれて、それで……」
正確には、何故か俺の極秘漫画ノートを緑青が持っていて、それを返す代わりに付き合えという契約を交わした。それも一方的に。
「なるほど。お礼に飯を奢ったんだね」
都合の良い解釈をしてくれて有り難い。昼飯を食べてるところを見られたのか。てっきり文房具屋にいるところを見られたんだと思ってた。本当はお互い自分の分は自分で払ったが、一先ずそういうことにしておこう。
「でも意外。緑青さんもハンバーガー食べるんだね。なんか親近感湧いちゃったな」
「……だな」
それどころかケチャップを頰につけて気づかないというちょっとマヌケな一面もあるんだ。言わないけど。
「すっきりした! 本当にごめんね。根掘り葉掘り聞いちゃって……」
「謝らなくていい」
「黒石くんは優しいね」
小さく呟くと黄瀬は、職員室に寄るから先に教室行ってね! と言い残し早足で去って行った。
遠ざかる黄瀬の背中を見つめながら思う。
黄瀬は俺に似ていると。姿形がではなく、本質が。黄瀬は人当たりが良く真面目で気がきく。それを演じている。
そんな気がするのだ。
俺も、演じている。だから黄瀬といると楽だ。人に好かれる人間になろうと真面目に勉強して、面倒な役割を引き受けて、それでも目立たないように上手く日常を送っている。
黄瀬は男子の間で可愛いと評判だが決して派手な見た目ではないし、男子とよく話す方でもない。制服も着崩さず鞄も指定のものを使っている。女子の反感を買わないように、気を配っているのだろう。それがあたかも自然体であるように振る舞える彼女はきっと俺よりもずっと世渡り上手だ。似ているなんて烏滸がましいかもしれない。
俺ももっと上手く、普通に、枠からはみ出さずに、日常を送れるようになりたい。
だからこそ緑青の存在は俺にとって危険なのだ。頭の中ではわかっているのに、放課後を少なからず楽しみにしている自分にため息をつきたくなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます