第26話 気づきとバイト先
職員室の扉を開けると白井と鉢合わせした。
「黒石くん! 遅いから呼びに行こうと思ってたんだけど、良かった来てくれて」
「はい。これ返します」
握りしめていた鍵を手渡す。任務完了だ。さぁ帰ろうと扉を閉めようとした時。
「洋介先生」
「はーい。じゃあ黒石くん気をつけて帰ってね」
数学の教師、
そうだ。白井の名前は
パズルのピースがぴったりとはまるように腑に落ちた。緑青が寝言で呼んだのは白井だったんだ。
ざわざわする。胸で何か疼くような感覚。それを無視するように俺は走った。
★
夏期講習五日目。今日行けば二日休みだ。緑青はあの場所には来ない。朝のうちに黄瀬に準備の後時間が空いていることを伝えた。
黄瀬は嬉しそうに、パン屋さんに案内するねと笑った。俺も嬉しかったが心の中の
準備は滞りなく進んだ。揉めていた衣装作り班も今は大人しくそれぞれの作業を黙々と、たまにおしゃべりしつつ進めている。俺も井戸を完成させ他の作業を手伝っている。
渡辺の合図で解散になり、俺は黄瀬よりも先に学校を出た。連れだって出ていくところを見られて誤解されないように。
黄瀬は学校の近くの公園のベンチに座って俺を待っていた。俺を見つけると駆け足で寄ってきて、さぁ行こうと笑った。
バイト先のパン屋は幼い頃からの行きつけなのだという。おすすめのパンは沢山ありすぎて語り尽くせないのだとか。電車に乗り黄瀬の話に耳を傾けながら歩いているうちに目的地に到着した。
こじんまりとしているが手入れの行き届いた可愛らしい洋風の家。看板は木でできていてあたたかみがある。
黄瀬が正面の扉を開けようとしたので念の為声をかけた。
「なぁ、黄瀬は従業員用の裏口から入らなくていいのか?」
「あーいつもはね。でも今日はいいの! 友達つれてくるって言ってあるから」
友達、という響きに胸がじんわりあたたかくなる。
なんだ、そうか。黄瀬はとっくに俺のことを友達認定してくれていたんだな。
黄瀬に続いて中へ入った。焼きたてパンのいい香りが鼻腔をくすぐる。冷房は程よく効いていて所狭しとたくさんの種類のパンが置いてある。一番目立つところに黄瀬のおすすめクロワッサンが置いてあった。
「菜乃花ちゃんおかえり。その子がお友達?」
店の奥から顔を出したのは俺の母親と同じくらいの年齢の気立ての良なそうな女の人だ。
「
「あ、どうも。はじめまして黒石晃です」
慌てて頭を下げて自己紹介をする。顔を上げると紅葉さんと目があった。にっこりと微笑まれる。
「じゃあ私着替えてくるから黒石くんはそこに座っててね」
イートインスペースのテーブルを指差すと黄瀬は店の奥へ入って行った。言われた通りにすると紅葉さんが向かいに座った。
「黒石くんはパンだったら何が好き?」
「え、と。メロンパン……ですかね」
「おっ運がいいねぇ。ちょうどもうすぐ焼けるところなんだ。是非焼きたてを食べてみてよ!」
はいと返事をし店内の空気を吸い込む。甘くて香ばしくてすごく癒される香りだ。
「おまたせー! 紅葉さん、もうすぐ焼けるから来てって」
「はーい。じゃあ黒石くん、あとでね」
黄瀬と入れ替わるようにして紅葉さんは奥へ消えた。
「ねぇどう? 素敵なお店でしょ」
「ああ」
「えへへ」
教室よりもテンションが高い気がする。この店が大好きなんだと伝わってくる。
「いつから働いているんだ?」
「四月! 高校生になってからだよ」
「すごいな。テストの成績いつも上位なのに。両立大変じゃないのか?」
「うーん、ここで過ごすことが私にとってはかなり息抜きになってるからなぁ」
確かに黄瀬は非常に開放的だ。リラックスしていて気張った感じがない。
「私ね、ここのお店も紅葉さんも、
少し照れながら、えへへ言っちゃったと桜色になった頬を隠す黄瀬は可愛い。
「だからここでバイトしてるのか」
「うん! でももう一つ理由があってね、ぶっちゃけますとお金が欲しいから、です」
お金。働く理由としては第一の動機だろう。何か欲しいものでもあるのだろうか。
「なぁ、黄瀬は」
「はーい、おまたせ。メロンパンあったかいよ」
俺の小さな声は紅葉さんのハキハキした声にいとも簡単にかき消された。目の前に置かれたメロンパンはほかほかでとても美味しそうだ。
「いただきまーす」
黄瀬が豪快にかぶりついた。俺も大口を開けてがぶりとかじる。
美味しい。外はカリッとしていて中はふわふわ。今まで食べたメロンパンの中で一番美味しい。夢中で二口、三口と頬張る俺達を見て紅葉さんは嬉しそうに笑った。
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