第10話 魅力的なヒロイン
なんとなく気まずい空気の中俺はひたすら手を動かしていた。
まず主人公のキャラクター作りだ。俺の経験を元にするなら当然俺がモデルになるだろう。平凡な男子高校生。
ヒロインは髪の長い美少女。描き終わって改めて思う。まるで緑青そのものだ。
恥ずかしくなって消しゴムを掴んだものの、思いの外上手く描けたので勿体無い気がしてしまう。
緑青をモデルにしたヒロインはなかなかに魅力的だった。クールだが笑うと可愛い。成績優秀で品行方正、才色兼備の高嶺の花。ハイスペック美少女ヒロインはありきたりかな、という気もするがベタとは言い換えれば王道ということだ。
テンプレでもいいじゃないか。俺は王道が好きだし、描いていて楽しいものを描くのが一番だ。
一応他にもヒロインを考えた。昔好きだった女の子をモデルにして。小学生だった時に隣の席だった髪を二つ縛りにした目の大きな女の子と、中学生の時に同じクラスだったショートカットの明るい性格の女の子。高校生だったらこんな感じだろうと想像して描いてみた。
でもピンとこなかった。もう好きじゃないからなのか。緑青をモデルにしたヒロインの方が圧倒的に華やかで、異彩を放っていた。
とりあえず俺と緑青がモデルの二人の恋愛を描いてみよう。緑青は自分の経験を描けばいいと言った。付き合っているんだから緑青自身をヒロインのモデルにしたって文句ないだろう。
ストーリーは起承転結をしっかり踏まえて、最後にハッピーエンドが基本だろう。
主人公は高嶺の花であるヒロインに恋をしらなんやかんやあって二人は両思いになっておしまい。なんやかんやは、追い追い考えるればいい。
なにやら横から視線を感じ恐る恐る顔を左にずらすと、こちらをじっと見つめる澄んだ瞳と目が合った。
「ひっ」
「そんなお化けでも見たような反応するなんてちょっと失礼じゃないかしら」
緑青は俺の漫画を覗き込んでいたらしい。隣で勉強をしていると思っていた相手に、じっと観察されていたなんてびっくりして当然だろう。
「これ、私?」
白くて細い人差し指が、絵の上に置かれた。それは間違いなく彼女をモデルに描いたヒロインだった。
「あっ! これはっ」
咄嗟に隠そうとするも、緑青がノートをさっと引っ張り奪われてしまった。そして黙って見つめている。彼女は一枚も二枚も上手なのだ。
もう開き直ろうと思い、口を開く。
「確かにそうだけど。でもお前が言ったんだからな! 自分の経験を元にしろって」
「私、こんな風に見えているの?」
「え……」
こんな風って、どうな風にだ? 何か不満な点でもあるのだろうか。小言の一つや二つは我慢するつもりだが、画力がないと言われるのは少し傷つく。でもそれも一つの意見だ。よし、来るなら来い。
「なんでもないわ」
拍子抜けした。まぁ本人に言う気がないのならあえて聞くこともないだろう。とりあえずノートを返してもらうため手のひらを緑青に向ける。
「それ、返してくれ」
「……名前」
「は?」
「お前、なんて呼び方失礼だと思わないの?」
そういえばさっき、お前と言ってしまった。確かに失礼だ。
「……緑青さん?」
「何、黒石くん」
まだ怒っているようだ。笑顔が怖いしノートを返すそぶりを見せない。
「……ノートを返してください」
「別に呼び捨てしても構わないわよ」
「えっ」
それって苗字ではなく名前を呼んでいいってことか? それはさすがにハードル高すぎないか?
「冗談よ」
がくっとよろけた俺を見て、緑青はくすっと笑った。機嫌が直ったらしい。良い機会だ。今後なんて呼ぶかはっきりさせておいた方がいい。
「……緑青って呼んでもいいか」
「お好きにどうぞ」
「じゃあ、緑青。ノートを返してくれ」
今度はちゃんと手のひらの上にノートが乗った。
「可愛く描いてくれて嬉しいわ」
一瞬、時が止まったように感じる。緑青の頰が少し色づいているような気がした。ノートを掴む手が微かに震える。
「そりゃ……どーも」
声が少し震えてしまった。
お世辞でも、嬉しかった。
「もうすぐ夏休みね」
緑青はそう言いながら立ち上がり、窓際から外を見つめた。
「そうだな」
この一週間が終われば夏休み。微かに聞こえる蝉の声と、運動部の掛け声、目の前に佇む緑青。何もかもが眩しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます