第11話 違い


 夏休みに文化祭の準備をする、それがこの高校の暗黙の了解だ。クラス委員長である俺と黄瀬は文化祭実行委員の渡辺斗真わたなべとうま松来有里華まつらいゆりかの補佐をすることになった。


 渡辺も松来も人気があり、率先してクラスを引っ張ってくれそうなので不安はない。


 この二人がクラス委員長でもよかったのでは、と思うことがある。しかしクラス委員長は目立たない割に仕事が多く、何かにつけて召集がかかる面倒臭い役割だ。誰もやりたがらない。


 どうせやるなら体育祭の応援団や文化祭実行委員といった短期で華のある役割が良くて、地味で仕事量も多いクラス委員長なんて誰かに押し付けたいと思う。当然だ。


 だからこそそんな役を快く引き受ければクラス全員から一目置かれ感謝される。打算的な考えで俺は委員長になった。


 後悔はない。内申にプラスになるし肩書きがあると便利だ。勿論俺みたいな偽善者もいれば、みんなの役に立ちたいという善意の者もいるだろう。


 俺は嫌な人間だなと思う。それでも平穏な生活を送るために、できることは何でもしようと決めたのだ。


 話し合いの結果、文化祭でお化け屋敷をすること、夏期講習の後準備をすることが決まった。これでは緑青との約束が果たせない。俺はホームルームが終わるやいなや、あの場所へ急足で向かった。


「遅かったわね」


 緑青は既に椅子に腰掛け参考書を読んでいた。


「ごめん。文化祭の話でホームルームが長引いた。緑青のクラスは何をやるか決まったか?」

「喫茶店よ」


 緑青が接客、それは少し見て見たい。きっと緑青目当ての大勢の男達が押し寄せるだろう。


「黒石くんのクラスは何をやるの?」

「お化け屋敷」

「そう」

「それでだな、準備を夏期講習の後にやることに決まった。だから夏休みここにはそんなに来れないと思う」

「そうね。私もそうなってしまうと思う」

「だろうな」

「こんなに本格的に文化祭の準備をやるなんて思わなかったわ。文化祭は十月なのに」

「まぁ、そういう暗黙のルール、方針みたいだしな」


 俺たちの通う高校は県下トップクラスの進学校だ。文武両道を目標に掲げ、勉学、部活動だけでなく体育祭、文化祭といった行事にも全力で取り組むことを良しとし、もはや伝統になっている。


 緑青は参考書を閉じて、こちらをじっと見つめた。


「時間を見つけて、会える時に会いましょう。だって私たち付き合ってるんだもの」


 その言葉に頷くことができなかった。


「外で会うのは、ちょっと勘弁願いたい」

「何か問題でも?」

「クラスの女子に見られた。土曜日一緒にいたのを」

「…………」

「だからもう」

「公言してしまいましょう。付き合ってるって」


 緑青ははっきりと何の迷いもなくそう言い放ち、俺は言葉を失った。ああ、やっぱり俺と緑青は


「そうしたら堂々と一緒に居られるじゃない。そのために告白したのだから」


 彼女のまっすぐな瞳には確固たる意志が宿っており、俺は目を合わせていることができず顔を背けた。


「……それは困る。俺と緑青では釣り合わないし、周りからなんて言われるか……」


 自分で言った言葉に凹むなんて世話ないな、と自嘲してしまう。


「言いたい人には言わせておけばいいじゃない」

「……俺には無理だ」


 今まで積み上げてきたものを手放すなんて絶対にできない。俺は臆病で弱い。初デートは単なる羽目外しに過ぎない。あの時俺はどうかしていた。


「わからないわ」


 緑青の独り言のような呟きに、確信してしまう。


 わかり合えるわけがない、と。


 住む世界が違う。置かれている立場が違う。考え方が違う。


 俺は、普通がいい。普通でいたい。


「……わからなくていい。わかりっこない」

「く、黒石くん?」

「悪い。もう帰る」


 顔を背けたまま俺は吐き捨てるように言った。


 扉を閉め、走る。途中白井とすれ違ったが無視した。何か声をかけられた気がするが、立ち止まって聞く気にはなれなかった。

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