第22話 秘密
「ご馳走様でした」
烏龍茶を飲み終えた俺は紙コップを捨てるためのゴミ箱を探す。黄瀬と目が合い慌てて逸らした。
今の、絶対感じ悪かった。
自己嫌悪する俺の肩を白井が軽く叩いた。
「お代わりいる?」
ご厚意に甘えて注いでもらい一気に飲み干す。白井の能天気さが有り難かった。
「ここの冷蔵庫、生徒も使っていいんですかね?」
つい黄瀬と話さずに済むように白井に話しかけてしまった。意気地なしな自分が嫌になる。
「駄目だよ。職員専用だからね」
「ですよね」
あっけなく会話終了。腹をくくらないと見苦しいよな、と思い黄瀬の方へ向き直る。
「黄瀬、ちょっといいか?」
「うん」
黄瀬はこくりと頷いた。ちょっと出てくる、と白井と緑青に告げ二人で廊下へ出た。窓から日が差し込んで暑い。
「廊下で話すのはちょっと……あれだから屋上前の階段のとこでいいか?」
黄瀬は頷くと俺の後を黙ってついてきた。屋上は立ち入り禁止で鍵がかかっているためこの階段には誰も来ない。掃除が行き届いていないのか埃っぽいが日陰になっていて涼しかった。
階段を登りきり屋上へと続く扉の前に立つ。小さく深呼吸をした後、まっすぐ黄瀬の目を見つめた。
「俺と緑青は一応、付き合っているんだ」
黄瀬は目を丸くして驚いたようだが、瞬きの後くすくすと笑い始めた。
「あはは。黒石くんでも冗談とか言うんだね」
「いや、冗談じゃないんだ。夏休み前から、あの教室で一緒に過ごしてる」
「え……本当なの?」
困惑の表情を浮かべる黄瀬をそのままに説明を続ける。
「ああ。俺は……漫画を描く趣味があってな、それが描いてあったノートを緑青が拾って読んで興味を持ったらしい。つまり放課後自作漫画を読んでもらっているんだ」
包み隠さず事実を述べる。黄瀬はしばらく眉に皺を寄せて考え込んでいたがパッと顔を上げた。
「なるほどね。そっかそっか」
「それでだな。このことはー…」
「うん大丈夫」
誰にも言わないで欲しいと頭を下げようとしたのを黄瀬が止めた。
「わかってるよ。内緒にして欲しいんだよね? 誰にも言わないよ。安心して」
「え」
「あ! その顔、信用してないでしょ?」
黄瀬は、どうしようかなーと言いながら人差し指を頰に当てた。
「うーん、あっそうだ! 内緒なんだけど、私ね、実はバイトしてるんだ」
「えっ」
意外な発言に驚く。黄瀬は成績優秀で委員会の仕事や人付き合いで忙しい。そんな時間があるのかと不思議に思う。
「ほら、ここ進学校でしょ? バイトしてる子なんて全然いないし、誰にも話したことないの。有里華とかにも。バレたらやめろって先生に言われちゃうかもしれないし」
「なんでそれを俺なんかに……」
意図が汲み取れない。
校則で禁止されてはいないが、しないことが暗黙の了解になっている。俺自身バイトしているという生徒は聞いたことがない。ましてや優等生の黄瀬がバイトなんて、教師が知ったらちょっとした騒ぎになるかもしれない。
「お互い秘密を知ってればフェアでしょ? 黒石くん安心するかなーって」
にこにこと屈託無く話す黄瀬。確かにその通りだが黄瀬のメリットがない。
「安心するけど……いいのか? 俺がバラすかもしれないのに」
「そうしたら私も黒石くんの秘密をバラしちゃう……なーんてね! 黒石くんはそんなことしないよ。絶対話したりしない」
「そ、そんな……」
何を根拠に。秘密は守るつもりだし口は堅い方だ。だけど、どうして信じてくれるんだ? 俺は黄瀬に信用してもらえるようなことを何もしていないのに。
「これでこの話はおしまい!」
それでいいよね? と聞かれ頷く。好意を無碍にするのは気が引けた。予想していたよりもずっと穏便に話をすることができたし不安もない。全部黄瀬のおかげだ。
一つ貸しができてしまった。いつか返さなければならないだろう。
「誰にだって秘密の一つや二つあるでしょ」
「そうだな」
「緑青さんにも、あるかもしれないね。秘密」
そうかもしれない。俺はまだ彼女のことを全然知らないのだから。
「私、このまま帰るよ。白井先生と緑青さんによろしくね」
「わかった」
「あ、そうだ黒石くん」
黄瀬はすっと小指だけを立てた右手を俺に差し出した。
「指切りしよ、ね?」
「ああ」
黄瀬の細い小指に自身の小指を絡ませる。指切りなんて小学生以来だ。なんだかこそばゆい。
「ゆびきーりげんまん嘘ついたら針千本のーます!」
黄瀬は子供みたいに声を弾ませて楽しそうだった。言い終わるとぱっと手を離し、くるりと俺に背を向けた。
「また明日!」
「また明日」
タンタンと軽快に階段を降りていく黄瀬を見送りながら、ホッと胸をなでおろす。
ピンチを切り抜けることができた。バレたのが黄瀬でよかった。もし他の誰かだったらこうはいかなかった。
もっと気を引き締めなければいけないな。
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