第13話 知りたい、知って欲しい

 翌日放課後、俺は大きく深呼吸をしてから国語資料準備室の扉を開けた。


 中にいた緑青と目があう。彼女はびくりと肩を震わせ、俯きながら小さく呟いた。


「もう、来ないかと思った」


 弱々しい声。きっと不安にさせてしまっていたのだろう。


「……約束したから」


 そう答えると彼女は安堵の表情を浮かべた。逃げるように帰ってしまったことを謝るべきだと頭の中ではわかっているものの上手く言葉が出ない。


「あっ黒石くんじゃないか」


 沈黙を破るように白井がプリントの山を持って入ってきた。


「し、白井先生」

「来てたんだねー。心配してたんだよ。昨日すれ違った時顔色悪かったから、具合でも悪いのかなって思って」

「す、すみません」


 俺が謝ると、白井はプリントを机に置き、手を軽く振りながら謝らなくていいよと穏やかに笑った。


「もう大丈夫です」

「そりゃ良かった。風邪が流行っているらしいから二人とも気をつけてね」

「ところで白井先生、何のご用ですか」


 緑青が冷めた声音で会話に入ってきた。白井に対してなぜか辛辣だ。


「え、プリントを置きに来たんだけど……」


 しょんぼりとしてしまった白井を見て流石に可哀想になる。でも白井のおかげで気まずい空気が緩和された。


「じゃあもう用はないですよね。お帰りになったらいかがです?」

「白井先生、喉乾きません?」


 いたたまれなくなり俺は口を挟んだ。


「え、うん。乾いてるけど……」

「俺もなんです。一緒に飲み物買いに行きましょう」


 白井が頷くのを見て強引に連れ出す。俺は緑青と話がしたい。でも昨日の事情を知らない白井がいては話しにくい。その点で緑青と同意見ではあったが追い出すのは気の毒で、咄嗟に提案してしまった。少し白井と二人だけで話してみたい気持ちもあった。


 俺はサイダーを白井はブラックコーヒーを買った。その場でペットボトルの蓋を開け勢いよく飲む。


「ありがとね、黒石くん」


 やっと名前を覚えてくれたんだなと気づく。別に、とそっけない返事をしておいた。


「藍ちゃんはさ、冷たい印象を持たれることが多いけど本当はすごく素直で優しい子なんだよ」


 それは、わかる気がする。まだ知り合って数日しか経っていないが、緑青が冷たい人間だとは思えなかった。割と表情豊かでよく笑うし、俺が来ないかと思った、と言った時の表情からは心配してくれていたことが伝わったし。


「……藍ちゃんと仲良くしてやってね」


 柔らかく微笑む白井を見て、羨ましいという感情が込み上がってきた。


 緑青のことを昔から知っていて理解している白井が、羨ましい。


 そんな風に思ってしまったことに驚き、耳の辺りが熱くなる。気づいてしまったのだ。


 俺はもっと緑青のことを知りたいと思っている。そして、俺のことも知って欲しいと思ってしまっている。


 今まであまり人と深く関わってこなかったからだろうか。とても新鮮か気持ちだった。


 多分緑青は何かを抱えている。白井表情と発言からなんとなくそう思ってはいた。それを知りたいと思う。知ったところで、俺が何かをしてやれるとは到底思えない。それでも。


「僕は職員室に戻るよ」


 白井が飲み終えたコーヒーの缶をゴミ箱にいれた。俺のサイダーはまだ半分残っていた。遠ざかる白井の背中を見ながら、残りのサイダーを飲む。


 喉に通り過ぎていく、小さなパチパチとした刺激が心地よい。俺も緑青の元へ戻ろう。そして少し俺の話を聞いてもらおう。


 俺は歩き出した。

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