第43話 彼女にするなら
松来はその日一日中そわそわと落ち着かない様子だった。黄瀬がそれを心配そうに眺め、休憩のたびに話しかけているのを俺は離れて見ていた。
そういえば最近黄瀬と話していない。
お盆休みの前に一緒に帰って以来ずっと、会話らしい会話をしていなかった。心配してもらったというのにそっけない態度を取ってしまったんだった。折を見て、ちゃんと謝らないといけない。
そんなことを考えているうちに放課後になった。滞りなく作業は進み、あっという間に片付けの時間になった。渡辺が解散の合図を出したタイミングで俺は腰を上げた。
ちょっとこの後一緒に中庭まで来て欲しい、松来が呼んでいる、と言うと渡辺は快く承諾してくれた。笑顔が爽やかで眩しい。松来が惚れるのもわかる気がする。
中庭に行くと、すでに松来と黄瀬が待機していた。松来は俺の隣にいる渡辺を見るや否や顔を真っ赤に染めた。もじもじと挙動不審な動きをしている。黄瀬はそーっと忍足でその場から離れようとしていた。
俺も黄瀬と同じように二人から距離をとった。お邪魔してはいけない。黄瀬と阿吽の呼吸で近くの蛇口の後ろに隠れるように退避した。
「ごめん渡辺。急にこんなとこ呼び出して」
「ああ、全然。それで話って何?」
「あ、あのね!」
声が聞こえる。聞いちゃまずいよなー、と思う反面、どうなるんだろうという野次馬心もある。出歯亀はよくない。いや、これは見守っているだけで邪な気持ちではない。
なんて頭の中で言い訳していた俺の隣で黄瀬は祈るように目を瞑っていた。しゃがんだ体勢で両手の指をかたく絡ませて、松来の恋を応援している。
「私、その……渡辺のこと、好き、なんだよね」
直球な告白が耳に届いた。渡辺はなんて答えるのだろう。確か緑青に振られて一ヶ月くらいか。
「俺、松来のこと好きだよ。いつも明るいし一生懸命だし、話してて楽しい。でも、それが恋愛的な気持ちかって言うとよくわからない」
「……そ、そっか」
「だから、これから松来のことそういう意味で考えるっていうのでも、いいか?」
「え? うん、いいよ。……たくさん考えて」
これは……成功? それとも……。
「じゃ、さっそくなんだけど一緒に帰るか?」
「いっ、いいの?」
「いいに決まってるじゃん」
そっと陰から覗くと、なにやら甘い雰囲気の二人が目に入った。大成功じゃないか。おめでとう、と小さく拍手を送る。
「よ、よかったぁ……」
隣で見守っていた黄瀬は、自分のことのように喜んでいる。ホッとしたのか、力が抜けたみたいにその場にへたりこんだ。
「黄瀬」
「な、なぁに? 黒石くん」
「その、この前はごめんな」
「え? なんで黒石くんが謝るの?」
キョトンとした、さも不思議そうな顔で黄瀬は俺を見た。お人好しだなと思う。
「なんでって、折角心配してくれたのにそれを無碍にしてしまったから……」
「まって。謝るのは私の方だよ。お節介だったなって後で反省したもん」
「なんでだよ。……俺は、その、嬉しかった」
「そう? なら良かったぁ」
黄瀬はぱぁっと明るい表情になった。向日葵みたいで、笑顔がよく似合う。
「黒石くんもう帰る?」
黄瀬は立ち上がり、うーんと背伸びをした。俺も立ち上がり膝裏を伸ばす。
「うーん、あっ、そうだ」
「何?」
「バイト先、また行ってもいいか? 今日じゃなくてもいいんだけど」
「いいよ! 大歓迎! このまま行っちゃう?」
「いいのか?」
「今紅葉さんに連絡する」
黄瀬はスマホをさっと取り出し、電話をかけた。
★
紅葉さんからまたもやサービスといってパンをご馳走になり、昭仁さんとも挨拶を交わし、母親が喜びそうなパンを買って俺は店を後にした。前回と同様駅まで黄瀬が付いて来てくれた。
「悪いな。また送ってもらっちゃって」
「いーのいーの。気にしないで」
「それにしても、松来嬉しそうだったな」
「うん」
「青春だな」
渡辺と松来の甘酸っぱいワンシーンを思い出す。俺は緑青に告白できるだろうか。あんな風に、思いの丈をぶつけられるのだろうか。
「……黒石くんはさ、どんな子がタイプなの?」
「え?」
突然の質問、それも好きな異性のタイプというがっつり恋愛トークに面食らった俺を、黄瀬は少し赤い顔で真剣に見つめた。
「彼女にするなら、どういう子がいいの?」
「え……っと」
「ちょっと気になったからさ! 軽い気持ちで答えて。髪は? 長いの? 短いの?」
俺は緑青を思い浮かべた。長く、枝毛一つなさそうなサラサラの黒髪。いつもあの髪が靡くのをつい見つめてしまう。
「長い、ほうが好きかも」
「……そっか。じゃあ、可愛い系? 綺麗系?」
「綺麗……系?」
緑青は可愛い。それは嫌というほど知っているが、それでも世間的には綺麗という方が適している気がした。
「綺麗系だと、クールな感じ? それともミステリアス? はたまたセクシー系?」
「クール、だな。多分」
「……性格は?」
「性格か……。一見冷たそうだけど、優しくて思いやりのある……それでちょっと子供っぽいところもあって、それが可愛い。そんな感じかな」
「そ、そっか……」
なんだか惚気みたいになってしまった。黄瀬はなんだかあまり楽しくなさそうだ。俺の答え方が不味かったのだろうか。きもかったかな、と不安になる。
「黒石くん、なんだか実在する人を思い浮かべて答えてるみたい」
ぎくっ。鋭い。たらりと首筋に汗が伝う。
「……緑青さんでしょ?」
「なっなんで」
「わかるよ〜。だって黒石くんのこと見てたし」
「え?」
見てた、ってどういうことだろう。
「ほら、夏休み前に黒石くんを緑青さんが呼んだ日あったでしょ? あの時から黒石くんのこと気になってたの。だって緑青さんだよ? すっごい美人でなんでもできて、こんな人本当に存在するの? ってくらい完璧な人が、理由はどうあれ一人の男子生徒を指名して呼び出したんだもん。あれは衝撃だったなぁ……。前は黒石くんのこと、同じ委員長で周りに壁を作って、要領良く頑張っている人だなって勝手に親近感覚えてたけど、それだけだった」
黄瀬はバス停のベンチの前で立ち止まった。俺もつられて足を止める。バスに乗らないのに。誰も待っている人がいないのをいいことに二人で腰掛けた。
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