第24話 案内の約束

 教室に戻ると黄瀬めがけて三人の女子が衣装らしき布や装飾を持ってやってきた。


「菜乃花おそいよ〜。これどうしたらいい?」

「もうこれで完成にしちゃっていいかな?」

「失敗しちゃった。助けてー」

「まってまって、一人ずつお願い」


 引っ張りだこだな。


 俺はそっと離れ、元いたスペースで作業を再開した。井戸は人が隠れられる程度の大きさと頑丈さが必要だ。段ボールを重ねてガムテープで補強し折り紙を貼って見た目を整える。


「へぇ、黒石うまいな」


 渡辺が声をかけてきた。


 俺は渡辺のことがちょっと苦手だ。高砂は明るく飄々としていて俺とはタイプが違うが一緒にいて楽しい。それに対し渡辺はキラキラして眩しく、嫌いではないが一緒にいると疲れる、そんな感じだ。


 俺は作り笑いを浮かべて、そうでもないだろ、と軽く謙遜した。


「すげーって。大道具係、適任だったな」


 褒め言葉は有り難く受け取っておく。


「斗真何してんの? わっ! すげぇ、ちゃんと井戸じゃん。器用なんだな。つーか真面目?」


 渡辺とよくつるんでいる浅倉省吾あさくらしょうごがどこからともなくやって来た。申し訳ないが浅倉はもっと苦手だ。明るめの茶髪、片方の耳にピアス、ザ・チャラ男といった風貌でこの学校ではかなり派手な部類の人間。入学して同じクラスになったものの委員長としての仕事以外で話したことはほとんどない。


「お前なぁ、ちょっとは黒石を見習え」


 渡辺が浅倉を小突く。当の浅倉はへらへら笑っている。じゃ俺たち行くわ、と渡辺が言い残し二人は教室を出て行った。


 一人ぽつんと残され、ため息をつく。


「何話してたの?」

「ひっ」


 突然の松来の声に驚き手に持っていたガムテープを落としてしまった。ころころと転がっていくガムテープを慌てて掴む。


「何その反応。うざ」


 俺の反応がお気に召さなかったらしく、松来は腰に手を当てて不満そうな顔で見下ろしてきた。目が怖い。


「有里華と黒石くん、どうしたの?」


 黄瀬が話に入って来た。渡りに船とはこのことだ。


「あぁ菜乃花、こいつが渡辺となんか話してて」

「待ってくれ。渡辺は俺が作った井戸を褒めてくれただけで、会話らしい会話はしていない」

「はぁ? なにそれ。先に言いなよ」


 威圧的な物言いに口を噤む。やっぱり苦手だ。


「ねぇ有里華、さっき渡辺くんが呼んでたよ。空き教室にいるみたいだから行ってあげたら?」

「えっうそ。行ってくる!」


 むすっとしていた松来は急に笑顔になり、るんるんしながら駆けて行った。恋する乙女は感情の起伏が激しいんだな。厄介な人物に目をつけられてしまったものだと己の身の上を嘆いていたら黄瀬が俺の横にしゃがんだ。


「黒石くん。今度でいいんだけどさ。準備の後、空いてる日ってある? その、バイト先案内したいなって」

「えっと」


 夏期講習の間できる範囲で国語資料準備室へ行くつもりだった。でも緑青が来ない日は俺も行かないつもりだし、毎日行くことはないだろう。


「あっあのね! 予定があるなら全然いいの!」


 黄瀬は手を前で振りながら慌ててそう付け加えた。


「いや、まだわからないけど空いた日があったら教えるよ」

「ほ、本当?」

「前もってこの日って指定できないけど、大丈夫か?」

「うん! 大丈夫」


 黄瀬が嬉しそうに手を合わせたので釣られて頰が緩む。次の瞬間、黄瀬の顔が俺の耳に近づいた。


 囁くような声で、緑青さん優先でいいからね、と告げられた。くすぐったい。それに花のいい匂いがした。


 これ、誰かに見られたら誤解されるんじゃないか?


 周りを見渡す。クラスメイトのほとんどが出払っており、残っている数人も作業に没頭しているようだ。良かった。


「約束だよ」


 そう言ってにっこりと笑う黄瀬は可愛かった。これは自惚れかもしれないが、黄瀬は演技をやめたんじゃないだろうか。


「ああ」


 俺の返事に満足そうに頷くと、黄瀬はすくっと立ち上がった。


「私も空き教室に行くけど黒石くんは?」

「俺は井戸が完成してからいくよ」

「わかった」


 黄瀬が出ていくのを見送り、作業に集中する。

 

 黄瀬が俺に心を許してくれていると思うと作業も頑張れそうだ。


 でも一つ問題がある。黄瀬は勘違いをしているのだ。


 俺と緑青は一応付き合っているが恋愛感情のない契約関係なのだ。まぁ、おいおい伝えられればいいかなと思う。





 国語資料準備室の前まで来た俺はすぐにその異変に気がついた。電気がついていないのだ。おかしいな、と思いつつ扉を開けると緑青が机に突っ伏している。


「緑青?」


 声をかけるが返事はない。どうやら寝ているらしい。起こした方がいいのだろうか。


「緑青」


 もう一度声をかけるが反応なし。下校までまだ時間があるのでそっとしておくことにした。体が冷えるといけないので冷房の温度を少し上げておく。こういう時、漫画やドラマだと上着を肩にかけてやるのが定番なのだが生憎夏なので上着は持っていない。


 俺はとりあえずいつもの席に腰を下ろした。

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