第5話 初デート当日

 休日のせいか駅前は多くの人で賑わっていた。スマホの時計が九時五十分なのを確認し辺りを見回すが緑青らしき人物は見当たらない。


「あら、早いのね」

「うぉっ」


 背後から声がして振り返ると緑青がいた。少しかがんで俺の顔を覗き込んでいる。神出鬼没だ。


「待たせたか?」

「いいえ、私も今来たところ」


 あ、なんかちょっとデートみたいな会話。いや、みたいなじゃなくデートだ。一応。


 緑青の格好をまじまじと見つめる。フレームの細い眼鏡をかけ、長い髪は後ろで高い位置に束ねられている。ポニーテールってやつだ。


 メガネで変装、被った。まぁ一般的で陳腐な発想だしな。それにしても緑青は眼鏡がよく似合う。知的で上品な雰囲気を醸し出していた。服装は青のギンガムチェックのワンピースに白い薄手のカーディガン。華奢なミュールもよく似合っていて、雑誌の表紙から飛び出して来たみたいだった。


「眼鏡、被ってしまったわね」

「あ、ああ」

「あなたって目が悪いの?」

「まぁ、それなりに。いつもはコンタクトしてる」

「そう」


 あまり興味なさげな返しになぜ聞いたんだと少し不満に思ったが、そんなことはどうでもよくなってしまうくらい私服姿の緑青は魅力的だった。美人は得だとしみじみ思う。


「さて、ここにいて人の流れを見ていても仕方がないし、移動しましょうか」

「お、おう」


 なんとなく緑青が俺の一歩先を歩き、それについて行く形になる。歩くたびに揺れる緑青の髪が本当に馬の尻尾のようで、ポニーテールとはよく名付けたものだと感心していた俺は、緑青がどこに向かって歩いているのか全く知らないことに今更ながら気がついた。


「どこに行くんだ?」

「行きたいところがあるのだけど、それはひとまず後回し」

「それでいいのか?」

「ええ。その方が都合が良いの。映画でも見ましょうか」


 駅前近くに建てられている大型ショッピングモールの七階に大きめの映画館がある。多分ここら辺で定番のデートスポットだ。でも気がかりな点が一つ。


「当日だと良い席がないかもしれないぞ」


 平日ならまだしも休日の場合、前もってネット予約しておかないと良い席に座れない。まぁ早い時間だし、俺たちの住む街はそこまで都会じゃないから大丈夫かもしれないが。


 俺の不安を他所に緑青は楽しげに振り返った。


「あら、行き当たりばったりなのも楽しいじゃない」

「それは……」


 確かに一理ある。でも意外だった。緑青は計画的な性格をしてると思ってたから。


「あなたは何か見たい映画あるの?」

「うーん……」


 そういえば久しく映画館に行っていない。映画を見るのは好きなのでよくサブスク配信を見てるが、今何の映画が上映しているかは知らない。


「ないの?」

「ない」


 そう答えると、緑青は自身のスマホの画面を俺の目の前に突き出しにっこりと微笑んだ。


「じゃあ、これにしましょう」

「えっ」





 わからない。どうして俺は今、学校一の美少女と恋愛映画を見ているのだろう。


 映画自体は中々面白い。小説が原作の純愛映画だ。ヒロインを演じる女優の演技がすごく良い。でも落ち着かない。隣にいる人物せいだ。いくら変装をしていて映画館が真っ暗でも、学校の誰かに見られたらと思うと気が気でない。


 それに側から見たら俺たちはカップルに見えると思うと顔が火照る。ちらりと横目で隣に座る緑青を見ると映画に釘付けだった。俺の気も知らないで。


 映画が終わり二人で映画館から出る。俺はどっと疲れがでてぐったりしていた。一方緑青は満足げに購入したパンフレットを眺めて映画の余韻に浸っている。なんか可愛いかも、と思ったのは秘密だ。


 時刻はちょうどお昼時、どこかでご飯を食べたいがどんな場所が良いのだろう。女子が喜ぶようなおしゃれな店を俺は知らない。


「お昼のことなんだけど」

「ああ」

「行ってみたいお店があるから、付き合ってくれないかしら」


 緑青が行きたい店。由緒正しい家柄のお嬢様と噂の彼女が行きたい店。すごく値段が高くて敷居の高いレストランに連れて行かれたらどうしようと情けないのは承知で口を開く。


「あまり手持ちがないんだが……」

「大丈夫。そんな心配は無用よ。だってあそこだもの」


 俺でも知っている、お手軽ファストフード店を緑青は指差した。意外だった。でもなんにせよ俺の財布は助かったので良かった。

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