第15話 海があなたの町にはありますか

クマやオガサカを含む僕ら9人のグループがあまりにうるさいということで、二年に上がるときのクラス替えで、僕らは全員バラバラに振り分けられた。


僕らは不良ではなかった。喧嘩もしないし、女っ気もない。みんなでくすぐり合うように言葉を交わしては、呼吸が出来なくなるほど笑う毎日で、ただただうるさい集団だった。


一番声がでかかったのがオガサカだ。彼のよく通る声がうるさすぎて、隣のクラスからはよく苦情が来た。


僕らの学年に不良グループはいなかったが、ちょっとだけヤンチャなグループと、おしゃれ系グループ、そこに僕らを加えた3つのグループがおもだった。


ちょいヤンやちょいシャレは女子に人気で、常に学年の美人女子たちが取り巻きのようについていたが、僕らのグループは外から見ると主体性がなく女子は気味悪がった。真面目でおとなしそうな者からバスケ部のエース、ちょい悪からエセ長渕までいる僕らのグループは系統が把握しにくい。そのため僕らは、「軍団」と呼ばれた。「オシャレ」軍団でも「不良」軍団でもなく、「軍団」。


軍団は、女性受けこそ悪かったが、男性受けは抜群だった。ちょいヤンとちょいシャレは一般男子にとって近寄りがたい存在となっていたが、僕らはエンタメやお笑いを共通言語に誰とでも分け隔てなく付き合うグループだったから、幅広いジャンルの男子たちに愛された。それはどこか、中学のゴール下コミュニティのようでもあった。


三年の体育祭は軍団の独壇場だった。ちょいシャレやちょい悪は体育祭を真面目にやらないことがステータスだから、彼らは出しゃばりようがない。そこそこ運動神経も良かった軍団は、バラバラのクラスになっていたから全員がそのクラスの主体となって盛り上げた。


特に熱戦を繰り広げたのが、最後にポイント加算もされる応援合戦だ。


僕は自軍に、とんねるずの全体芸をひたすら仕込んだ応援歌を展開し話題をさらったが、クマのクラスがそれをパクったため、僕がクラスの連中を引き連れ放送席からマイクを奪い抗議に行くと、乱闘騒ぎとなり競技が中断する。とんねるずネタ使用禁止を条件に僕らが引き下がると、クマのクラスは「そーれそーれそーれそーれボインボインボインボインボイン」と『ごっつ』のゴレンジャイを展開したので、その手があったかと僕らがそれをパクると、今度はクマが放送席からマイクを奪って抗議に来て、また中断する。放送席には軍団の息のかかったものがいたので、乱闘騒ぎが起こるたびにスタン・ハンセンのテーマ曲を流すので乱闘騒ぎはプログラムにある演目のように盛り上がった。


僕らは、先生が怒り始めるラインを見定めながらやっていたので、先生が本気で怒りに来ることはなかった。まん中を理解した上でそこから少し外れ、みんなで楽しむ。


そんな軍団は高校最後の夏、ビーチボーイズになった。


1997年7月、反町隆史と竹野内豊による大人の夏休み的群像ドラマ『ビーチボーイズ』が始まると、夏休みは軍団で「これをやろう」とすぐ決まった。


砂浜でビーチフラッグをして、釣った魚を海辺で焼き、夜は花火。海がない埼玉県民にとって『ビーチボーイズ』は、「あんなんやってみたい」が全て詰まったドラマだった。


僕が小学生の頃家族でよく行っていたというゆかりだけで、場所は千葉県勝浦市に決まった。鈍行で向かい、駅に着いた僕らは二手に分かれ、寝泊まりできそうなアジトを探す。お金もないから当然野宿。


海沿いの道路には砂浜に降りる階段が点在していて、あるポイントから砂浜に降りたときに小さなトンネルを見つけた。このトンネルは、上の道路を挟んで反対側に出られるもので、雨が降っても凌げるし、砂浜からの地続きだから下も砂で柔らかい。さらに、勝浦のメイン海岸から離れた場所で、人も少なく最適だった。


僕らはそのトンネルを根城にした。階段から道路に上がれば、歩いて数分の位置に海岸線のコンビニもあって申し分ない。


そこで僕らは『ビーチボーイズ』で見たことを一つずつ再現していったが、現実は、ビーチフラッグ中トイレを我慢できなくなったノジマが近くの草むらで野グソをし、なぜかそれを見に行こうとする僕らをノジマが懸命に止めたり、オガサカが自宅から持ってきた釣り竿で釣った魚もシマシマ模様の熱帯魚みたいでまずかった。


「この間地元の先輩に聞いたんだけどさ」


夜になり、僕らの寝床となったトンネルに各々が持ってきたレジャーシートを敷いて寝る準備が整ったところで、アリムラが真剣な表情で話し始めた。


「よすで荘って話なんだけど、この話の謎が解けるまで、絶対両手の指を組んで聞かなきゃいけないんだって」

「なにそれ。途中で離したらどうなんの?」

クマがそう聞くと、全員がアリムラの次の言葉に耳を傾けた。

「別に死ぬとかじゃないけど、ちょっと悪いことが起きるんだって」

「ちょっと悪いこと?」

「先輩の友達はふざけて途中で手を離しちゃって、次の日財布落としたって。あと、家が火事になった人も」

「マジで? 死んだの?」

この手の話をまるで信用しないオガサカも食いつく。

「いや、ボヤ騒ぎで済んだって」

「そうか…」

「…で、手を組むって、どうやって?」


映画『孔雀王』に出てくるような複雑な形で指を組み、この話しが終わるまで決してその指を外してはいけないというルールだった。全員がアリムラにその形を教わり指を組むと、彼はいつになく真剣な表情で話し始めた。


「じゃあ話すよ。本当に指離さないでよ」

「ちょっと待って、その話長い? ちょっと俺ウンコが…」

「ノジマ、さっきしたばっかだろ」

「いやそんなに長くないから大丈夫だと思う」

「わかった」

「じゃあいくよ。ある20代の男性が、引っ越しをしたんだって。そこは、よすで荘っていう古いアパートで…」


他愛もないこの話は唐突に終わり、「さて今の話の中でおかしい所はどこでしょう? 」と質問される。なんてことはない、「よすで荘」を逆から読むと「うそですよ」になるというオチで、分かった者が次々と指を組んだままアリムラに答えを耳打ちし、「正解!」と言われると指を外していく。


ノジマだけが最後まで分からず、お尻を砂浜に擦るように、指を組んだまま身体をくねらせ始めた。


「あと俺だけ? 本当にわかんないんだけど。ちょっと俺本当にウンコ」

「また野グソかよ。でも手組んだままじゃできないから、俺らが…脱がす? 」

「いや、いいよ!答えなんだよ」

「でもほら、教えちゃうと悪いことが起きるし…」

「マジでわかんねえ。ちともうマジで」

「だから、な? よすでそう、だよ。ノジマ。よ・す・で・そ・う」

「よすで荘に引っ越して、なにだから。どっかおかしい? アリムラ、もう一回最初から」


このままだと本当に漏らしてしまいそうな恐怖を感じた。怪談話の途中でウンコを漏らす高校生など普通いないが、ノジマならやりかねないという怖さがあった。彼はどこか天然で、陽気な板尾創路のような、なにか持っていると思わせる気配を持つ男だった。


僕らは半ば観念し、「よーすーでーそーう」と答えが分かるようゆっくりと全員で伝えると、ノジマも合わせて反復した。


「よーすーで? うーそ? あ!うーそーでーすーよ?」

「そうだよ。やっとわかったか」

「 嘘ですよ!!やったー!」


と言って歓喜したノジマは手を離し、バンザイした次の瞬間表情を変え、


「あー!!」


と叫んだ。


ついに漏らしちゃったのかと全員が彼を見つめた次の瞬間、ノジマはこう言った。


「指離しちゃった」


勝浦の夜の海は、おだやかな波音を立てていた。

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