第11話 いつか会えるよ同じ気持ちで爆発しそうな仲間と

TVから投下される歌に、無差別に被弾した。


1990年代、バブルが弾けた後も音楽業界は元気で、ミリオンセラーとなるCDがいくつも生まれた。


高校に進学する直前の1995年3月15日に落とされた爆弾が、『WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント~』。


この時代のダウンタウンは無双状態で、CDは200万枚ヒット、その半年前に出た『遺書』は250万部のベストセラー。『ごっつ』の裏番組だった『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』は1996年に終了し、ダウンタウンがたけしを破ったと見る者もいた。ごっつ、ガキ使、HEY!HEY!HEY!までが日曜から月曜にかけての習慣になっていたのは僕だけではなかった。


「いつのまにやら仲間はきっと増えてる」


入学式の帰りの電車、イヤホンから流れるこのフレーズが際立って響いた。自分を知る人間も、自分が知る人間もいない場所からの新生活は、小さな人生のリセットだ。育った地域が異なる人間が一斉に集まる異世界に身を置いてみた入学式の帰宅後、僕は衝動的に通販でギターを買った。


目立ちたいという願望は、すでに潜在的で自然なものから、意識的で意図したものに変わっていたが、校内でうまく立ち回れそうにない自分を、入学式初日に感じた。


また日陰でブツブツ言う3年間が始まる。いつのまにやら仲間もきっと増えてない。その鬱積を、また卒業式直前で爆発させ後悔する。このままじゃまずい。


その反動が、ジャンプの広告に出ていたギター初心者入門セットを19,800円で買うという行為に至らせた。ミュージシャンになるしか自分が生きる道、目立つ術はない。これをやる。そのためには楽器が不可欠だ。


通販で買ったのは、店頭で買うのが恥ずかしかったからだ。「これからギターを始める僕」を誰かに認識されたくなかった。


発言権が常に不良にあった中学時代に比べると、僕が入った高校は進学校だったこともあり、際立った不良はいなかった。クラスの中心にいるのは、進研ゼミの漫画に出てくるような元気で活発なキラキラ女子と、仲良し爽やかタイプのキラキラ男子。


あの中学時代があったから、僕はすでに辟易することにも辟易していた。そうなりたくてもどうせなれない。もう怒りも込み上げない。世の中はそういう風に出来ていて、そこに入れない奴は黙って後ろから見ているしかない。だから僕は、誰も見ていないところでギターを手にし、夢に向かって動き始める。学校で目立つ必要なんかない。デビューして世間で有名になるのだから。


早くみんなが仲良くなれるようにという学校側の狙いで、5月に体育祭があった。


短距離走だけ速かった僕は、花形競技であるクラス対抗リレーの選手に選ばれたが、一番盛り上がったのが棒倒しだった。


学歴社会や偏差値制度の是非なんて考えたこともなかったが、このときばかりはこの制度に感嘆した。


不良のランクは、いかに悪いことができるかで決まる。


飲酒や喫煙をすれば、悪いなあ、なにやってんだよと笑いもするし、この間タイマンであいつぶっ飛ばしてやったとなれば尊敬される。しかし、隣町のやつ半殺しにして半身不随にしてやったよとなれば、なんだこいつ野蛮人かよ、近寄らない方がいいぞとなる。


ワルのバロメーターがどの辺りにセットされているかで、尊敬とドン引きの境界線は変わるのだ。


高校は、同じくらいの学力の者が集まるから、秩序の感覚が近いと感じた。秩序の感覚が近いと、笑いの感覚も近い。無茶したもん勝ちの世界ではない。


バラエティ番組の見えないラインのように、どのあたりなら笑えて、どのあたりから引かれるか、棒倒しでは、そんな秩序感が分かりやすく表れた。


ルールは、制限時間内に相手クラスの棒を倒せというだけで、他は特別設けられていない。


20数人の男と男のぶつかり合い。進学校とはいえ女子が応援してるとなれば、血気盛んな者を中心に盛り上がったが、前歯が折れるまで殴り続けるような奴はいない。中学のあいつやあいつなら、シャレの延長でやりそうだなと思った。一線を越えるものが一人でも現れると秩序はあっけなく崩壊し、笑えていたエンタメはドン引きの暴力事件になる。


ここでは、全員が越えてはいけない一線を守りつつ、押したり引っ張ったり、ときにはふざけて笑い合ったりしながら、険悪になるギリギリ手前の白熱した攻防戦になった。


実にテレビ的にうまくいってると、まるで番組プロデューサー視点で戦いながら僕は感じた。


棒倒しは、たいてい一番デカい奴が棒を支え、運動神経が良いものが攻撃部隊になる。それ以外の者は、棒への侵入経路を塞ぐ壁役。5月の体育祭に向け、入学早々スポーツテストがあったから、自分がどこにいるべきか、そしてその自己判断を他者がどう思うか、まだ仕切り役もいないこの時期、あまり話したことのない者同士が自主的に自分の役割を導き出し、それを全員が無言で了承しながら戦う。そうして、男同士にしか分からないコミュニティが、棒倒しを通じて出来上がっていった。


いつもなら僕は後ろでスカしているところだが、このときばかりは珍しくテンションが高かった。漫画『湘南爆走族』で見ていたこの棒倒しを、一度やってみたいと思っていたからだ。また、リレーの選手に選ばれていた僕が攻撃部隊にいることに違和感を覚えるものもなかったから居心地が良かった。


高校の卒業式の帰り道、「この三年間より楽しい期間は一生来ない」と友達に言ったのをはっきりと覚えている。


学校では押し黙り、足早に帰っては家でギターの練習をしミュージシャンを目指す、そんな予想は大幅に裏切られた。いつの間にやら仲間は本当に増えていた。


一生分笑い尽くしたかもしれない3年間が、この体育祭を機に本格的に始まった。

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