第16話 二丁拳銃弾け飛ぶ

「ヤリコン会場ここ?」


秩序はたった一言で破壊される。


1997年、この年はMr.Childrenの活動休止、米米CLUB、X JAPANの解散と、膨れ上がり過ぎた音楽産業からミュージシャンたちが離れ始めた時期だった。


僕らのわずか2つ上の安室奈美恵が結婚し、彼女が活動休止前にリリースした『CAN YOU CELEBRATE?』は、この年もっとも売れた曲となった。翌年、夫のSAMの父親が経営する埼玉県岩槻にある病院で、安室奈美恵は男の子を出産した。ちなみに、僕が産まれたのもこの病院だ。


とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンは三つ巴の様相を見せていたが、僕らが勝浦から帰ってきた頃松ちゃんは、『ごっつええ感じスペシャル』の放送が急遽プロ野球中継に変更されたことに激怒し、フジテレビと大喧嘩。そうして、6年間続いた『ごっつ』は僕らの青春と共に終了することになる。


ビーチボーイズになった高校最後の夏休み明けの文化祭では、僕は尾崎豊の弾き語りで出演した。


正月には、SMAP主演のスペシャルドラマ『僕が僕であるために』が放送されるなど尾崎豊の再評価熱が高まっていたこともあり、昨年に比べお客さんの入りは良かった。


クマは昨年同様ブルーハーツのコピーバンドで出演し、相変わらずの盛り上がりを見せたが、この年はクマと僕の二人が「フィーリングカップル」という、文化祭実行委員主導企画の司会を務めることになっていた。


僕らは2年連続で文化祭ライブに出ていたこともあり、実行委員とは顔見知りになっていたこともあって司会の話が来たのだが、おそらく、ブルーハーツバンドで大きな盛り上がりを作ったクマの功績が大きいのだろうと思った。


クマと僕は2つ返事で引き受けた。普段は接することも出来ないような可愛い後輩女子たちに囲まれ、打ち合わせ段階から僕らは鼻の下が伸びていた。


フィーリングカップルのルールは、男子と女子が5人ずつ参加し、自己紹介・自己アピールをしてもらった上でフリータイムを設け、最後に好きな人の番号を紙に書いて箱に投函する、それでカップル成立が出るかどうかという、実にシンプルな内容だった。


会場は、ライブ会場としても使用される武道場で、学年でも有名な美人女子グループも積極的に参加してくれたことで、この企画は校内でも話題となって、ライブ以上の盛況となった。


改めて恋愛企画は強いと思った。


演出家、テリー伊藤が大学時代にやっていたことをそのまま番組にしたと言われる『ねるとん紅鯨団』は、このときすでに放送終了していたが、みんなが見ていたフォーマットのため主旨が把握されやすく、テーマが恋愛だから一年生と三年生でも“男と女”になり、見ているだけでも面白いイベントになる。


文化祭における音楽ライブは、誰の曲を誰が演るかでだいたいの集客率が決まるが、フィーリングカップルは企画の引きの強さだけで多くの人が集まった。


校内で僕らは「怖い」でも「かっこいい」でもなく、「変な人」として認知されていたから参加者たちを緊張させることはなく、まああの2人が司会なら、という妙な期待感もあいまって、会場は大いに盛り上がった。


去年と今年で、2度ここで歌った。会場を盛り上げることや、音楽ライブの難しさは理解していたつもりだったが、バラエティーはさらに難しかった。同学年の参加者はなんとなくキャラクター像を把握できるが、一年生や二年生となると全く面識がない子も多く、どう出てくるか予測もつかない。


たいていマイクを向けるとみんな恥ずかしそうに口ごもるが、中には特異なキャラクターもいたりして、僕が幼少期から見てきたテレビスターたちは何が起きても爆笑に変え進行を滞らせず成立させていたが、見るのとやるのとでは大違いだと感じた。


二日目の日曜日、午前の音楽ライブ終了後に午後の部-1、2と、計2回フィーリングカップルをやることになっていた。難しいなあと感じながらも前日の土曜に少しずつ感触を掴み始めていたクマと僕は、午後の部-1では全員が一体となって、イベントを盛り上げることができた。


「楽しい」は全員で作るもの。オシャレも不良も関係ない。どちらが偉くも強くもない。その先にあるもっと楽しいものを目指して、全員が与えられた役割を全うしながら、みんなで作り上げていく。


しかしそれは、一組の来訪者によって終わりを告げた。


明らかに他校の生徒と思われる、ガラの悪い私服の5人組グループが武道場にずかずかと入り込んできて突然こう言い放った。


「ここ? ヤリコン会場」

「ヤリコンっしょ、ヤリコン」


自分たちのキャラクターを強調するかのように彼らは意図的に大きな声でそんな言葉を撒き散らした。大盛況だった午後の部-1が終盤に差し掛かっていたこのとき、会場の熱気が去年の僕の長渕ライブ以上に引いていくのを感じた。


実行委員らが入り口付近で彼らを静止していたが、連中にすれば進学校の僕らなんて所詮子羊の集まり。このときちょうど先生もいなかったこともあり、突如現れた狼の群れを恐れ、ギャラリーたちは逃げるように一人、二人と会場を後にした。


クマと目で合図をして、急ぎ目に進行して強引に終わらせると、


「あれ? 終わっちゃったの? 次はいつ?」

とボス狼が武道場に入り、司会の僕らのところまで迫ってきた。

「いやあ、次はですね、もうないんですよ」


もしかしたら年下かもしれないボス狼に、クマは敬語でそう返した。本当はもう一回、一時間後に予定されている午後の部-2があるが、咄嗟とっさにクマが嘘をついた。


「そうなの? そりゃないよ支配人」

「いやあ、すいません、へへ…」

「でも支配人、あそこの紙見ると14時からもう一回あるじゃん」

「いや、それなんですけどね、人が集まらなくって。だからやらないんですよ」

僕も嘘を重ねた。

「まじかよ支配人ー」


そう言って、とりあえずその場は彼らを帰すことに成功したが、妙なムードのまま現場は三々五々となった。


二年の実行委員の中に、ヨシダさんというモデルみたいな長身の女の子がいた。おとなしそうな顔立ちだが、このフィーリングカップル企画が大好きらしく、「お二人の司会、おもしろかったです!」と毎回抱きしめたくなるような表情で言ってくれたことが、はるか遠い昔のことのように感じた。


そんな彼女の顔もすっかり曇っていた。ただ、その顔すら可愛かった。


フィーリングカップルに携わっている実行委員は主に二年の女子が多く、後輩女子と普段交流する機会がまるでないクマと僕は、「あの不良たちがまた来たら怖いんで次やる選択肢はないです」とは言えなかった。


そこでクマと僕は、一つの結論を出した。


「予定通り、1時間後もやろう。な、サギ」

「そうだな」

「で、もし奴らが来たら」

「逃げよう」


実行委員の子たちは、自分たちで立ち上げた企画が多くの人に楽しんでもらえて本当に嬉しそうだった。だからこそ、出来ればもう一回やりたい。ただ正直クマと僕はおっかなくて冗談じゃなかった。もう十分笑いも取ったし、最後はちょっと怖い思いもしたけど、このまま良い気分のまま終えたい。


しかし、この子たちの手前なにもやらないわけにもいかない。そこで、クマと僕が出した答えが、「やるけど、来たら逃げる」という案だった。


狼と参加者たちが帰り、閑散とした武道場で僕らは、午後の部-2と書かれた文言をマジックで消し、不要な装飾品を片付け、万が一奴らが来ても怪しまれない体裁を整えていった。


マイクとスピーカーは業者が回収に来るまで置いておくから、このままでいい。投票用紙とペンは僕らがすぐポケットに忍ばせられるが、投票箱だけは隠せない。これは本番でも必要なのでここには置いておくが、奴らが来たら箱ごと誰かが持って逃げる。そうすれば、イベントをやっていたという痕跡はどこにも残らない。


逃げ場所は、武道場の裏にある勝手口。ライブ出演者が出入り口としても使っていたところだ。


外の見張りは、ヨシダさんと同じ二年のタナベくんが、体育館と武道場に入る通路の手前で待機することになった。武道場に入る前は死角があるので、奴らの襲来を確認し次第武道場に伝えに来れば、そのまま一緒に裏口へ逃げられる。


いつもニコニコしている将棋部のさわやか角刈りタナベくんは、そんな一番退屈だと思われる見張り役を自ら買って出た。この率先した働きっぷりは、おそらくヨシダさんのことが好きなんだろうと僕は察した。


そうして、さきほどの狼の襲来を見ず、当初の案内だけを見て来てくれる参加者たちを、僕らは祈るように待った。


午後の部-1に比べて参加者は少なかったが、なんとか開催できる人数が集まった。女性チームが1人足りなかったので、数合わせで急遽ヨシダさんが入った。「じゃあここは私が…」と小声で僕らに目配せをして参加者の列に入るヨシダさんを、そんな君が大好きだという目で僕が見つめていると、クマも同じような目で彼女を見つめていた。


若干のぎこちなさはあったが、滞りなくイベントを進めていると、フリータイムの半ばあたりで、とうとう恐れていたことが起きてしまった。


「奴らだー!来たぞー!」


血相を変えたタナベくんが上履きを両手に持って、全速力で武道場に飛び込んできた。


初めて聞くタナベくんの荒々しい言葉使いと険しい表情に、僕らはすぐに事態を察した。


“もうやらないんですよ”


と言ってこの現場を見られたらアウトだ。


しかし、対策はしてある。


「逃げろー!」と誰かが叫ぶと、みんな一斉に武道場の奥にある勝手口を目指して走り出した。参加者たちもなにやら分からず、全員の動きにつられるように走った。


一番早かったのがヨシダさんだった。タナベくんの声を聞くなり投票箱を抱えてあっという間に走り去った。ヨシダさんの投票箱抱え全力ダッシュを見たクマと僕は畳の上に笑い崩れた。鬼気迫るヨシダさんの全力ダッシュが高まった緊張感を瞬時に壊し、まるで軍団ノリのように僕らを笑い転がした。


しかし、ふざけている場合ではない。このままだと奴らが入ってくる。僕らも急いで裏口を目指した。


しかし今度は、あっという間に消え去ったヨシダさんを追いかけるように走るタナベくんが上履きを手に持ったまま畳に足元を取られ激しく横転した。迫りくる恐怖を前にした滑稽な現実にクマと僕は再び笑い転げた。


こんな状況でも人は笑ってしまう。いや、こんな状況だから笑ってしまうのか。このままでは本当に逃げ遅れる。奴らの声が近づいてくる。でも身体がもう動かない。やばい。でも笑いが止まらない。


気がつくと武道場は、笑い転げるクマと僕だけになっていた。裏の勝手口が閉まるか閉まらないかくらいのところで、奴らが武道場に入ってきた。


「おー、支配人。やっぱやんないんだ?」

すぐに立ち上がった僕らは

「え、ええ。一応あの、」

クマがうつむいたまま笑いを押し殺すように話す素振りを見て、僕が話し役に代わった。

「すでに案内は出してしまっているので、万が一誰かが来てしまったときのために一応僕らだけ残ってるんです」

「そうかー。寂しいなあ。えっ、なんか支配人、泣いてない?」

「いやいや、はは。まあ残念なことで」

クマは笑いを堪えて涙が出ていた。

「そうかそうかー。じゃあ頑張ってな。元気だせよ!」


そう言って、はた迷惑な狼たちは帰っていった。


ようやく笑いが落ち着いてきたクマが、念のため彼らの足取りを確認しに武道場を出て行った。僕は、勝手口の外で隠れているみんなの元へ向かった。


そっと勝手口の扉を開け外を見ると、みんなが体育座りで小さくなって身を潜めていた。投票箱を抱えたヨシダさんが、心配そうな顔をひょこっと出して僕に言った。


「どうでした?」

「うん、今帰った。クマが今確認しに行ってるから、もうちょっとここで待ってて」


全員が静かに頷く。なんのいくさなんだと、また笑いそうになるのを堪えながら僕は戻った。その後、奴らが完全に帰ったことを確認したクマが戻ってきた。


僕らは武道場に座り、実行委員たちと談笑した。


「しかしタナベくん、こけるんだもの。あれはやばいよ」

「いや、すいません。怖さと焦りで」

「あれで俺ら動けなくなっちゃったんだから」


本当はその前のヨシダさんの投票箱抱え全力ダッシュが一番おかしかったが、それは言わないでおいた。


「でも来てくれた人たちに申し訳なかったですね。一応さっき裏で事情は話したんですけど」

「そうだなあ。ところであいつら、どこの高校なんだろうね支配人」

「支配人はやめなさいよ。あんたも言われてたろ」


テレビで見てたようには出来なかったが、こうして高校最後の文化祭は終わった。

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