第24話 恐るべき未熟者

高校の文化祭や専門学校など、それまで人前で演奏する経験はあったが、お金を払って来ている客前で演るのは初めてのこと。


渋谷アピアのライブはたいてい4組が出演する。1組が3~4人ずつ呼べば会場は15人程度の客で埋まる。僕は、地元の友人のニサワやウツミ、タケワキにお願いしてライブに来てもらった。


わざわざ渋谷まで友人のライブを観に行って、「全然良くなかった」とは言えないだろうし、他の出演者の客が僕のところに感想を言いに来ることもなかった。それでも、夢に向かって動いている自分を、自分に見せる、、、、、、ことで、前に進んでいる感を得ることができた。当面のやるべき目標が見えた。これを続ける。ライブに出演し続けていれば、いつか、きっと。そうして月に1度、僕は渋谷アピアに出演し続けた。


あるライブ終了後、共演者が客席を一つ一つ片膝ついて回っているのを見かけた。


「今日はありがとうございました。もしよかったら、アンケートのご協力をお願いします」


と言って用紙を手渡しているのが見えた。


あとでこっそり用紙を見てみると、「今日の感想はどうでしたか」「いまいちだと思ったのはどこですか」など、細かく質問項目が書かれていた。


僕は彼を鼻で笑った。


ミュージシャンになろうって奴が、客に媚びてどうする。ボブ・ディランがそんなことすると思うか。


「本当にミュージシャンになりたいなら、どんな手でも使え。プライドなんかさっさと捨てろ」


秋谷先生の言葉を思い出す。ミュージシャンになるような人間は、片膝ついてアンケート用紙を配って回れるような人間だ。それが正解だとは言わないが、それができる覚悟があるのかどうかが大事なのだ。


本当は、僕も意見が聞きたかった。感想が聞きたかった。でも聞きにいくのが恥ずかしい。マイナス意見を言われたら嫌だ。


きっと彼だって、好きでそんなことをやっているわけではない。ミュージシャンになりたいという思いの強さから、現状を打破するために意見を求めにいっている。


根性と覚悟。


僕はカッコつけることしか考えていなかった。カッコつけたいなら、カッコよくない橋を渡れなければならない。なにかを手放さないと、なにも掴むことはできない。それができないなら回れ右して、家で一人でカッコつけてればいい。


「6才児でライブ出ませんか?」


スタジオ遊びが終わっていつものようにみんなで喫茶店にいると、くぼっちがそう言ってきた。


くぼっちが通う大学の軽音楽部が、高円寺のハコでライブ・イベントをするという。


「僕は大学のバンドで出るんですけど、6才児も出ませんか」

「いやあ、俺らは別に…いいのかな」

「くぼっちは2バンドで出るってこと?」

「そうです。でも、6才児は全曲やっても15分くらいで終わっちゃいますし、全然余裕です」

「でも、俺らそこの学生じゃないし…」

「大学と全然関係ないバンドとかも出るんですよ。先輩の知り合いのバンドとか。だったら僕も6才児で出たいなあと思って」


ただスタジオで遊ぶだけの名目でやっていたから面食らったが、このバンドで人前で演ってみたいという欲求が、みんなの中にも出始めていた頃でもあった。


そうして僕らは、高円寺のライブ・ハウスvoiceに出演することになった。シンガー・ソングライターとして弾き語りでライブには出ていたが、バンドのギタリストとして出るのは初めてのこと。


登場は僕ら3人が板付きで、クマが後方からアントニオ猪木のテーマ曲に乗って現れるという演出にした。「イノキ、ボンバイエ!」のSEが高まってきたところでクマが客をビンタしながら現れた。高校でよく見た光景だったけど、この場でもちゃんと受けていた。敵に回すとやっかいだが、味方にするとこんなに心強いものはないと思いながら僕はギターを構えた。


出演者はコピーバンドが多かったから、全曲オリジナルの6才児は際立つこととなり、クマのスター性もあいまって客の心を掴んだ。僕の弾き語りライブの何倍も盛り上がった。


イベント終了後には、ライブ・ハウスのスタッフからレギュラー出演の打診を受けた。レギュラー出演の打診をされると、チケットノルマの負担が軽くなる。ライブ・ハウスが推したいバンドになるからだ。ゲスト出演したライブで、僕らは一気に狭き問を突破した。


ここで引き受けていたら、人生が変わっていたかもしれない。くぼっちはやりたそうだったけど、クマもナガちゃんも就職を控えていたし、僕も6才児のギタリストとして世に出るつもりはなかったから、僕らは冷静に断った。こうして6才児は、たった一度のライブを最後に長い活動休止に入る。


ライブには、ナガちゃんとくぼっちが彼女を連れてきていた。6才児の演奏が終わったあと、お客さんらに取り囲まれる中彼らが彼女とイチャついてる光景を目にした。


「いいなあ…」と僕は率直に思ったそのときふと横を見ると、クマも同じような顔をしていた。


そうして、男2人で寂しく帰った。

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