第23話 ビクビクしてもしょうがないから

音楽専門学校、レンタルビデオ店、CDショップ、新宿。


業界が少しでも近くに感じられるようなところに身を置けば、なにか変わるかもしれないと思った。


実際刺激はあったし、気付きもあった。


しかしそれは、なにかをにさせてしまうものでもあった。


誕生日が近づく度、沼に沈んで行くような感覚に襲われる。


尾崎豊は18歳の頃に。宇多田ヒカルが20歳のときには。先人や後進の歴史が、容赦なく圧迫してくる。


ここから脱しなければならない。


“本当に才能があるやつは、専門学校なんか来ない”


秋谷先生が言いたかったことは、きっとそういうことだ。


才能を開花させるために必要なのが、行動力なのだ。


行動し続ける者にのみ、助走をつけてくれる人が現れる。


止まっているものをわざわざ押しに来てくれる人はいない。いるとすればそれはお母さんかお父さん。


助走がつくと、決して自分一人では出せないスピードにまで加速し、感じたことのない速度の中で新しい景色を見る。そうして、蕾のような小さな才能が開花していく。


だからこそ、まずは手を抜かずに全速力で突っ走れ。大衆の前に出ろ。真価はそこではじめて試される。


音楽的素養なんか、そのとき考えればいい。世に出てる奴はこんな学校なんか来ずに、とっくに行動を起こし、才能を開花させている。


秋谷先生の断片的な言葉を、脳内で繋げていく。そうして自分を奮い立たせた。


「いい曲さえ書けばいい」という才能教の信者を脱会し、「とにかく人前に出ろ」という、行動教に入信しなければならない。


当時、弾き語りで有名なライブハウスハコといえば、「渋谷アピア」と「四谷天窓」だった。


どちらでも良かったが、ひとまず家から行きやすい、渋谷アピアのオーディションを受けることにした。


事前にデモテープ審査があって、受かれば実技オーディション。


デモテープを送る行為自体には慣れていたけど、これさえ連絡が来なかったらどうしようと、送ったあと急に不安になった。


審査は無事通り、日時を指定された僕は、実技オーディションを受けることになった。


平日の昼下がり、ギターケースを持って渋谷アピアへ向かう。


入口の木の扉には“CLOSE”という板がかけられていた。小窓などはなく、中の様子が伺えない。


扉を開けるのが怖い。


中はどんな作りで、どんな人がいるのか。


指定された時間の10分前。


「あまり早く来られても迷惑だろう」と自分に言い訳をつけ、僕は人気ひとけの少ない線路沿いへ向かい、タバコに火を点けた。


5分前。


よし、と小さく頷いて渋谷アピアに戻る。


ビクビクしてもしょうがない。この扉を開けなければ、また安堵感という沼に沈んでいき、いたずらに年だけ取っていくのだ。


思い切って扉を開けた。


カラン、と鈴が鳴る。


縦長の、ウッディーでオシャレな居酒屋バーのような光景が広がった。すぐに若い女性スタッフが来て、今日の流れを説明してくれた。


右側の壁に、18禁コーナーのような物々しい扉があった。


「どうぞ」


と案内され扉を開けると、ライブ会場が僕を迎え入れた。


席数は20程度の小さな会場で、ギュウギュウに詰めれば30人くらい入るだろうか。


すでに2人、今日共にオーディションを受けるらしき人がギターをいじっている。2人は一瞬僕に目をやると、またすぐにギターに目線を戻した。


彼らの演奏が終わったあと僕も自作曲を2曲演奏し、帰りにチケットノルマなどの説明を受ける。


この実技審査は、送ったデモテープが本人かどうかの確認程度のものなんだろう。他の人たちも受かったようだけど、彼らの歌は小難しく、僕の歌の方がいいと思った。


帰り際、店内に貼られた野狐禅やこぜんのポスターが目に留まった。2人組のフォーク・ユニットで、彼らもアピアに出演していることを知る。野狐禅を解散し、ソロとなったのが竹原ピストル。


いつか自分のポスターもここに貼られる、そんなイメージは全く浮かばなかった。


夢に近づくために来た渋谷アピアで、自分が目指している世界の片鱗を感じた。あまりに大きすぎるその全容が、僕を正しく遠ざけた。


勘違い力が、薄れかけてきている。


--- --- --- ---


クマに誘われたバンド名は、「6才児」といった。


クマがボーカル・ギター、ナガちゃんがベース、そしてもう一人の同級生にドラムを叩かせて遊んでいたというこのバンドは、ドラムが福島に引っ越してしまったことで、立ち消えとなった。


しかしクマのバイト先の後輩に現役ドラマーがいて、彼を招き入れることで復活させたという。


そのドラマーはくぼっちと呼ばれていて、僕らの2つ下だった。


長身で、モデルのような顔立ちのロックンロール好き。いくつものバンドのドラムを掛け持ちする、ガチドラマーだった。


クマは多少ギターが弾ける男だったが、ナガちゃんも元ドラムも完全な初心者。現役ドラマーが入ったことで急にバンドの骨格が整い、クマのロック熱が急上昇したらしい。


ギターを弾きながらではなく、マイクを握りしめて歌いたい。


そこで、ギタリストを欲した。


僕はシンガー・ソングライターとして初めて人前に出ていくときだったから、ロック・バンドの中に入って、マーシーのようにエレキ・ギターを弾いてみるのもいいと思った。


勉強すると遊びたくなる。摂生すると暴飲暴食したくなる。


シンガー・ソングライターに本気で取り組む反動からか、遊びのバンド6才児との棲み分けが、僕の中でシーソーのようにバランスが取れた。


そうして僕は、6才児にギタリストとして加入した。


テレビで観ていたナガちゃんや、くぼっちともすぐに打ち解けることができて、初めて入ったスタジオは想像以上に楽しかった。


僕がテレビに出るきっかけとなる埼玉ポーズは、のちにこのバンドから生まれることになる。

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