第23話 ビクビクしてもしょうがないから

ライブハウスにもストリートも出ずに、デモテープを送り続けるだけの夢追い人だったけど、このままではまずい。


音楽専門学校、ビデオ店、CDショップ、新宿。少しでも業界が近くに感じられるようなところに身を置けば、なにかが変わるかもしれないと思った。実際刺激はあったし気付きもあったけど、同時に、なにかをやっている、やれている気にさせてしまうものでもあった。


誕生日が近づく度、沼に沈んで行くような感覚に襲われるのはもう嫌だ。ここから脱しなければ。


当時東京の弾き語りで有名なハコといえば、渋谷アピアと四谷天窓だった。僕は渋谷アピアのオーディションを受けることにした。事前にデモテープ審査があり、受かれば実技オーディション。デモテープを送る行為自体には慣れていたけど、もしこれも連絡なかったらどうしようと、送ったあと急に怖くなった。


審査には無事通り、日時を指定された僕は何人かと一緒に、実技オーディションを受けることになった。


平日の昼下がり、ギターケースを持って渋谷アピアの前に着く。木の扉に、“CLOSE”という板がかけられている。小窓などはなく、中の様子が伺えない。


この扉を開けるのが怖い。中はどんな作りで、どんな人がいるのか。指定された時間の10分前。


10分も座持ちしなそうだし…と自分に言い訳をつけて扉から離れ、ひとけの少ない線路沿いへ向かい、タバコを一本吸う。


5分前。よし、と小さく頷いて渋谷アピアに戻った。いつまでもビクビクしてもしょうがない。僕は扉を開けた。


カランと鈴が鳴った。中に入って正面がお酒を飲む場所のようで、木造のテーブと椅子が居酒屋のように配置されていた。するとすぐに若い女性スタッフが来て、今日の流れを案内してくれた。


右側の壁に、レンタル屋の18禁コーナーのような物々しい扉があった。そこを開けるとライブ会場があった。すでに2人、今日オーディションを受けるらしい人がギターをいじっていた。席数は20程度の小さな会場で、立ち見も含め、ギュウギュウに詰めれば50人くらいは入るだろうか。


そこで僕は自作の曲を2曲演奏し、帰りにチケットノルマなどの説明を受けた。この実技審査は、送ったデモテープが本当に本人かの確認程度のものなんだろう。一緒に受けた他の人たちも受かっていたようだった。


帰り際、ふと野狐禅やこぜんのポスターを見かけた。2人組のフォーク・バンドで、彼らもアピアに出演していた。解散し、のちにソロとなったのが竹原ピストルだ。


クマに誘われたバンド名は「6才児」といった。


クマがボーカル・ギター、ナガちゃんがベース、そしてもう一人の同級生にドラムを叩かせて遊んでいたというこのバンドは、ドラムが福島に引っ越してしまったことで立ち消えとなっていたが、クマのバイト先の後輩に現役ドラマーがいて、彼を招き入れ復活させたのだという。


彼は「くぼっち」と呼ばれていて、僕らの2つ下だった。長身の整った顔立ちでモデルのような容姿でありながらロックンロールが大好きで、いくつものバンドのドラムを掛け持ちするガチドラマーだった。


クマは多少ギターが弾ける男だったが、ナガちゃんも、福島に行った同級生の元ドラムも、完全な初心者。そこに現役ドラマーが入ったことで急にバンドの骨格が整い、クマのブルーハーツ熱が急上昇したらしい。ギターを弾きながらではなく、ヒロトのようにマイクを握りしめて歌いたくなり、誰かにギターを弾いてほしくなったらしい。


6才児はコピーバンドではなく、オリジナル曲主体だった。それは、プロを目指していたからではなく、誰かの曲をコピーする演奏力さえなかったからだ。そのため、クマが誰でも演奏しやすい曲を作って遊んでいたようだった。


僕は、シンガー・ソングライターとして初めて人前に出ていくときだったから、ロック・バンドの中に入ってマーシーのようにエレキ・ギターを弾いてみるのもいいと思った。


勉強すると遊びたくなる。摂生すれば暴飲暴食したくなる。シンガー・ソングライターに本気で取り組む反動からか、遊びのバンド6才児との棲み分けが、僕の中でバランスが取れたシーソーのように整った。そうして僕は、6才児にギタリストとして加入した。


テレビで観ていたナガちゃんや、くぼっちともすぐに打ち解けることができて、初めて入ったスタジオは想像以上に楽しかった。


僕がテレビに出るきっかけとなる埼玉ポーズは、のちにこのバンドから生まれることになる。

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