第29話 48億の個人的な憂鬱2
音楽評論家がパーソナリティを務める、あるラジオ番組で、新人発掘のコーナーがあった。送られて来た楽曲を寸評を交えながら紹介し、そこから一週間リスナー投票にかける内容だ。
僕はラジオ局にもテレビ局にもデモ・テープを送っていた。節操なくとにかく送りまくった。
「はい。鷺谷政明くんの『憂鬱のレモンティー』でした。弾き語りのね、どこかボブ・ディランのような…」
自分の歌がラジオから流れてきた。
今、どこの、誰が聴いてくれているんだろう。
そして、どう思っただろう。
目減りし続けていく自信だけを頼りに動いてきたけど、前進しているのか後退しているのかも分からなくなっていた。ヒロトは「お先真っ暗というのはすげー前向きな言葉だよ。真っ暗なんだよ。どこがいけないんだよ。そん中にすっげー誰も見たことがない、どんなに勉強したってわかりっこない、素晴らしいものが隠れてるかもしんない。真っ暗ってことはいいねえ。みんな平等で。」と言っていたけれど、僕には分からなかった。
その言葉の響きがカッコいいのはわかる。でも実際、真っ暗はめちゃくちゃ怖い。この暗闇を、とてもそんなポジティブには捉えられない。素晴らしいものなんて、どこにあるんだ。自分がどこに向かっているかも分からない中彷徨うのは、ただただ不安だ。
でもラジオで自分の歌が流れたとき、ほんの少しだけ報われた気がした。全部が正しかったとは言えないまでも、全部間違っていたこともなかった。ほんの少し前に進めた。進めていた。そう思えた。
投票方法は電話だった。番組で紹介される指定の番号にかけ、自動ガイダンスに従って進めていくと好、みのアーティストに票を入れることができる。楽曲をもう一度聴くこともできた。
「あんたの曲がほら、電話で聴けるよ。なんか信じらんねえ」
クマはそう言って笑っていた。
結果はあっけなく敗退した。もっとも票が集まった曲をグランドチャンピオン大会でまた競わせてとかそんな流れだったと思うが、一瞬でも見えた光に期待と不安を膨らませていた僕は、当然の現実を突きつけられることになり、それ以上番組を追うことはなくなった。
そりゃそうか。そんな簡単に通るわけがない。でも、「もしかしたら」と、一瞬でも夢見てしまった。
もっと頑張ろうと思った。もう少し頑張れば、またなにか起こるかもしれない。わずかな勇気をもらった僕は、同時に慢心もした。これまでやってきたことは、決して大きく間違ってはいなかった。もう駄目なのかもしれないと思っていた自分の才能も運命も、やはりずっとそこにあった。自分は選ばれし特別な人間なのだ。
年が明け2004年。僕は25歳になる。このときはまだ、父の死が近づいていたとは思いもしなかった。
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