第30話 48億の個人的な憂鬱3

ニュースステーションのオープニングテーマを聴くと、小学生の夜がフラッシュバックする。父はナイターが終わると、晩酌をしながら寝っ転がってこの番組をよく見ていた。


2004年3月、18年の歴史を経てニュースステーションは終わった。最後久米宏が何を言うか、リビングで父と一緒に最終回を見守っていると、久米宏は生放送の終了直前突然立ち上がり、セットの後ろに用意していた小さな冷蔵庫から、瓶ビールとコップを取り出しなみなみに注ぐと一息で飲み干し、番組は終わった。


「なんだこれ」と父は言ったが、僕は面白かった。父が普段見ている番組に突然バラエティ要素が混入してきたようで、どこか痛快だった。


最後に久米宏はこんなことを言った。


「僕は小学生の六年間、通信簿に同じことがいつも書いてありました。落ち着きがない、飽きっぽい、持続性がない、協調性がない。小学校の先生、一人くらい見てらっしゃいませんかね。18年半やりましたよ!」


通信簿に書かれていることが、僕と同じだと思った。そんな少年が大人になって、一つのことを18年半やり遂げる。この先僕は、そんな大人になれるだろうか。


「…なんか俺も、ビール飲みたくなってきた」


そう言って父は、冷蔵庫へ向かった。


この年のテレビは、SMAPとナインティナインが隆盛を誇った。


前年の2003年紅白歌合戦の大トリでは、『世界に一つだけの花』で盛大に締められた。若いアイドルが国民的音楽番組のラストを飾ることに賛否はあったが、


「ふん、まあ(こいつらなら)いいか」


そんな声が父からさえ漏れ聞こえてくるような、世代を超えて納得させてしまう力がこの頃のSMAPにはあった。


アイドル文化に関心が薄い僕でさえ、SMAPは父の世代の視界にまで入り込んでいける、めちゃくちゃ面白い学級委員といった感じで、彼らの動向は僕にとっても楽しい監視対象だった。


CDショップ店員として3年目になる僕は、ただそこに居続けていたというだけで後輩が増え、異動で来た上司に社内を案内する小さな中間管理職として、自然に機能していた。


もう25歳になってしまう。実績はライブ活動とラジオ局でのオンエアのみ。焦る気持ちと、職場の居心地の良さが、いつも気持ち悪く体内で混ざり合った。


専門学校時代の連中は、そのまま都内で親の仕送りを頼りにフリーターをしていたり、そのまま就職したり、故郷へ帰るかのどれかで、嫉妬するような華やかな話はどこからも聞こえて来なかった。


あれだけ上手い奴らでも、誰一人として未だ世に出ていない。そう、デビューに技術は関係ないのだ。もっと根源的な、なにがなんでもという胆力。味方を増やしていく立ち回り。


大好きだから大事にするか、大好きだから突き放すか。


自分の音楽、自分の表現、どこまでにそれにこだわるのか。曲げればデビューさせると言われたら。変えれば世の中に認められるとしたら。


曲げても、変えても、受けないかもしれない。どんな選択にも保証はない。保証なき世界、それこそが、自分が入りたかった場所。それが、自分で選んだ道。


どれだけ血の小便流して曲を書こうが、どれだけ努力しようが、関係ないのがエンタメだ。客は制作者の思いなど気にしない。面白かったか、面白くなかったかの2つに1つ。同情で楽しんでもらえない。同情でお金は払ってもらえない。


制作背景を気にしてもらえることがあるとすればそれはやはり、面白かったエンタメだ。これはすごい曲だ、映画だ、ではどうやってこれを作ったんだろうと初めてそこで関心を持ってもらえる。考慮してもらえる。


全ては完成品で判断される。つまらなかった作品に人は深入りしない。記憶にも残らない。みんな自分の人生に忙しいし、その人生を癒やしてくれるエンタメに心が動くのは当然だ。


25歳。


「ミュージシャンを目指している」という立ち位置は、「夢に向かう立派な若者」と「痛い大人」の狭間に差し掛かり始めていた。


僕は生まれて初めて父と母に「大事な話がある」と言って、二人の前でこう伝えた。


「仕事を辞める」

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