第7話 手掛かりになるのは薄い月明かり

小学生のとき、漫画自慢を集めてジャンプのようなマンガ誌をクラスで創刊した。


家の8mmビデオを使ってジャッキー・チェンを真似た映画を撮り、『僕らの7日間戦争』を読んでは自分で小説も書いた。『ごっつ~』を真似たコントも作った。


途中でクラスが変わったり、付き合いがなくなるとこれらは頓挫するが、中学に入ると、こういったノ(・)リ(・)の全てがストップした。


唯一最後まで完結させられたのが小説だった。一人で最後までできるからだ。家にあった古いワープロで、フロッピーディスクに保存しながら書き続けて完成させた。


結局俺は一人なのだと、身勝手な孤独感を装っていた当時の僕の心にピタッとハマったのが、兄の影響で聴き始めた長渕剛だった。


長渕剛の1992年東京ドームライブ『JAPAN』のビデオを、僕は全て再現できるほど繰り返し観た。6万5千人のチケットを41分で完売させ、当時の東京ドーム動員記録となった伝説のライブだ。


ドラマ『とんぼ』に始まり、『しゃぼん玉』『RUN』に至るまで、長渕剛はミュージシャンとしても俳優としても他に類を見ない成功を収めていて、一(いち)表現者として、誰も行ったことのない地点に到達していた。


だからこそ桑田佳祐は皮肉ってみせた。


この頃のエンタメ界は斬りつけ合いだ。一色にはさせない。


太田光は、自身が連載していたコラムで松本人志のファッションについて言及し、二人の間に確執が生まれたとされるのも、この頃だ。


中学生になった僕は、帰宅すると真っ先にマジックを握り、溜めてあったチラシの裏に、思いの丈を書き殴るのが習慣になっていた。


美味しいものを食べて「美味しい!」と言えない。面白いものを見て「面白い!」と言えない。一人で言うことはできるが、誰かに伝えたい。誰かと共有したい。でもできない。


そんな鬱積していく感情を、どこかにぶつけずにはいられなかった。


いつか、200枚にも300枚にも及ぶこの散文詩に、メロディーをつけて、6万5千人と共遊してみたい。


ギター一本、一人でどれだけの人を魅了できるかという圧倒的な引き算の弾き語りスタイルに、僕は強烈に惹かれた。


これをやってみたい。


将来はこれをやると決意したその後、長渕剛は大麻取締法違反で逮捕された。


桑田佳祐がリリースした歌に端を発した桑田v長渕抗争は、この事件によってあっけない幕引きとなった。


小室哲哉がJ-POPを席巻し始める1994年、中山秀征主演のドラマ『静かなるドン』の主題歌が、桑田佳祐のソロ作『祭りのあと』だった。


80万以上売れる大ヒットとなったこのシングルのカップリング曲こそが、「桑田佳祐が長渕剛を馬鹿にした歌」と騒がれた『すべての歌に懺悔しな!』だった。


『ガキ使』のフリートークでは、「長渕剛と桑田佳祐の喧嘩はどうなるのですか?」といったハガキが紹介され、『ごっつ』にゲスト出演した泉谷しげるに、「あの2人の喧嘩はどうなるんですか?」と浜田雅功が尋ねた。


当時週刊誌で連載していた松本人志のコラムでも、この件が触れられた。松本人志は長渕派の見解を示したが、この連載をまとめたものが、のちに『遺書』というタイトルで発売され、300万部を超えるベストセラーとなった。


あとがきには「ナインティナインなんかダウンタウンのチンカスや」と書かれていて、のちに太田光がこの件を本人たちの前でヤジった時は、大笑いした。


『すべての歌に懺悔しな!』はかなり挑発的な内容で、歌の最後に「いらっしゃ~い!」と叫ぶ桑田佳祐の声が入っていた。これは、長渕剛が1992年の東京ドームで放った第一声だったから、僕はすぐにピンときた。


騒動が大きくなったことを受け、桑田佳祐は自身のライブ終了後に会見を開き、「特定の誰かではなく自分含めミュージシャンを歌ったもの」と謝罪した。


それを受け長渕剛は、雑誌のインタビューで「俺は桑田佳祐を許さない」と宣言し、僕はワクワクしながら週刊誌を立ち読みに毎週書店に通ったが、逮捕されたことで事実上の決着となった。


表現者の頂点にいたかに思われた長渕剛の逮捕は芸能界に激震を走らせたが、阪神大震災からわずか一週間後だったこともあり、執拗に追加報道がされることはなかった。


そして、「将来俺もギター一本で大衆を沸かせてやるんだ」という夢が変わることはなかった。


ドラマ『RUN』のねずみ小僧のような格好で護送される長渕剛のニュース映像を見て、父は「カッコつけてたんだろ」とひとことだけ言った。


父からすれば、長渕剛は一回り以上も下の世代の人間であり、最近流行りの若者ミュージシャンの一人に見えているのかもしれないという、奇妙な感覚に陥った。

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