第8話 虚勢は張るが去勢はされない

真面目にもヤンキーにもなれない勉強嫌いのバカだった。


そんな救いのない多くの者を救ってくれたのがロックであり、音楽であり、エンタメだ。


中学生の僕は、帰宅すると真っ先にマジックを握り、溜めてあったチラシの裏に思いの丈を書き殴るのが習慣だった。溢れ出る程増えていくエンタメの知見、目立ちたい願望、共有も消化もできないあらゆる欲求をどこかにぶつけたかった。


小学校時代は、漫画自慢を集めてジャンプのようなマンガ誌をクラスで創刊した。家の8mmビデオを使ってジャッキー・チェンを真似た映画を撮った。『ごっつ~』を真似たコントを作った。麻雀やブルーハーツ、いろんなことをして遊んだ小学校6年間で唯一最後まで完結させられたのが小説だった。


麻雀教則本の次に僕が古本屋で買った本がビートたけしの『だから私は嫌われる』というエッセイ集で、そこから読書に傾倒していった僕は、読むと人格が崩壊すると言われ読んてみたくなった太宰治の『人間失格』、驚愕のラストと言われ手を取ったアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』。


面白い! と感じた次の瞬間には模倣する僕の習性で、次第に小説も書いてみたくなった。家にあった古いワープロで、フロッピーディスクに保存しながら書き続けた。


内容は、『僕らの7日間戦争』をパクったようなものだったが、みんなと一緒に創っていくものはクラスが変わったり付き合いがなくると頓挫してしまうのに対し、小説は最初から最後まで一人で完結させられる。急激に表舞台から消え去った中学時代の僕は、そんな思いからかギター一本で思いをぶつけられる、弾き語りスタイルに強烈に惹かれた。


兄が好きだった長渕剛の1992年東京ドームLIVE「JAPAN」のビデオを全て再現できるほど僕は繰り返し観た。6万5千人のチケットを41分で完売させ、当時の東京ドームの動員記録となった伝説のLIVEだ。


マイク一本、二人でどれだけの人を笑わせられるかという漫才、フリートーク。ギター一本、一人でどれだけの人を魅了できるかという音楽。圧倒的な引き算で出来上がったそのシンプルなスタイルに、「本質」のようなものを見た気がした僕は、将来はこれをやると決意した。


チラシの裏に書いた200枚にも300枚にもなるこの散文詩に、いつかメロディーをつけて6万5,000人と共有したい。


そう心に決めた中二の1月、長渕剛は大麻取締法違反で逮捕された。


その前年、桑田佳祐がリリースした歌に端を発した桑田v長渕抗争は、この事件によってあっけない幕引きとなった。


小室哲哉がJ-POPを席巻する少し前の1994年、中山秀征主演のドラマ『静かなるドン』の主題歌が桑田佳祐の『祭りのあと』。80万以上売れる大ヒットとなったこのシングルのカップリング曲こそが、『すべての歌に懺悔しな!』であり、「桑田佳祐が長渕剛を馬鹿にした歌」と、芸能界を巻き込んだ大論争を生む発端となった曲だ。


『ガキ使』のフリートークでは、「長渕剛と桑田佳祐の喧嘩はどうなるのですか?」といったハガキが紹介され、『ごっつ』にゲスト出演した泉谷しげるに、「あの2人の喧嘩はどうなるんですか?」と浜ちゃんが尋ねた。


当時週刊誌で連載していた松ちゃんのコラムでも、この件が触れられた。松ちゃんは長渕派の見解を示したが、この連載コラムをまとめたものがのちに『遺書』というタイトルで発売され、300万部を超えるベストセラーとなった。


『すべての歌に懺悔しな!』はかなり挑発的な内容で、歌の最後に「いらっしゃ~い!」と叫ぶ桑田佳祐の声が入っていた。これは長渕剛が1992年の東京ドームで放った第一声だったから、僕はすぐにピンときた。


騒動が大きくなったことを受け、1994年桑田佳祐は、自身のライブ終了後に会見を開き、「特定の誰かではなく自分含めミュージシャンを歌ったもの」と謝罪した。


それを受けて長渕剛は雑誌のインタビューで「俺は桑田佳祐を許さない」と宣言し、僕は毎週ワクワクしながら書店に通っては週刊誌を読み漁ったが、逮捕されたことで事実上決着となった。


この逮捕は芸能界に激震を走らせたが、阪神大震災からわずか一週間後だったこともあり執拗に追加報道がされることはなく、将来俺もギター一本で大衆を沸かせてやるんだという夢が変わることはなかった。


ドラマ『RUN』のねずみ小僧のような格好で護送される長渕剛のニュース映像を見て、「カッコつけてたんだろ」と父はひとことだけ言った。

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