第13話 知識だけが増えていくよわからないまんま

一年生の文化祭が終わる秋の始め、TBSではドラマ『未成年』がスタートした。


『高校教師』『人間・失格~たとえばぼくが死んだら~』と合わせてTBS野島伸司三部作と後に言われることになる作品で、主演は、いしだ壱成、反町隆史、香取慎吾、桜井幸子、そして、歌姫になる前の浜崎あゆみ。


テレビオタクの僕は当たり前のように第一回目を見るが、いきなりヒロトとマーシーが出てきて面食らった。


ブルーハーツが解散後に結成したハイロウズのライブ会場で、警備員アルバイトをする戸川博人ひろと(いしだ壱成)というシーンからこのドラマは始まった。ヒロト繋がりかなと思った。


ブルーハーツは1995年6月のラジオで突然解散を発表し、僕らが林間学校に行く直前にリリースした『PAN』を最後に、10年の活動に終わりを告げた。僕は、きっとまたすぐ再結成するだろうと思っていた。あんなすごいバンドを手放すわけがない。


しかし、ヒロトとマーシーはこの年ハイロウズを結成し、ドラマ『未成年』が始まる頃には『ミサイルマン』で僕らをまた撃ち抜いた。この曲のLIVEシーンから始まったこのドラマは平均視聴率20.0%で、主題歌に起用されたカーペンターズのベスト盤は、300万枚を超えるヒットとなった。僕は、またみんなとの共通言語が戻ってきた気がした。


5人の高校生の様々な葛藤を描くこのドラマを高校生として当時リアルタイムで見ていた僕らは、漏れなく感化された。みんな意味もなく川に飛び込み、みんな意味もなく線路を歩いた。体育館へ向かう廊下も、味気ない食堂も『Top of the world』を脳内再生すれば全部楽しく変換できた。1973年の歌なのに不思議だ。歌は何度でも生まれ変わる。ちなみに、『ぼくたちの失敗』も1976年にリリースされた古い歌だが、ドラマ『高校教師』の主題歌に起用されたことで90万枚を売り上げた。


「チンカス」とダウンタウンの松ちゃんに本でこき下ろされたナインティナインは、このドラマが始まった月に『めちゃ×2モテたいッ!』を深夜で始め、のちに『めちゃ×2イケてるッ!』を土曜20時にスタートさせ、22年続く長寿番組となった。


同月に始まったとんねるずの新番組『ねる様の踏み絵』は、今の関係に不満を抱える一般の男女カップル10組を集め、他の男女に飴を口移しさせたりするスワップ推奨番組で抗議殺到となり、半年で打ち切りになったが、この後番組で始まったのが『うたばん』だった。『HEY!HEY!HEY!』と激しい攻防線を繰り広げながら、新たなJ-POPの発信拠点となっていった。


この年の紅白では、白組司会の古舘伊知郎が浜ちゃんを呼び込み『WOW WAR TONIGHT』を熱唱した。大盛り上がりの中、坂本龍一プロデュースによるダウンタウンの音楽ユニット『芸者ガールズ』の格好をした松ちゃんが出てきたとき、僕はテレビの前で立ち上り手を叩いて笑った。全国のお笑いキッズたちと「松ちゃん来たー!」と大晦日に繋がった瞬間だった。


年が変わると、天才漫才師・横山やすし逝去の訃報が飛び込んでくる。追悼番組で繰り返し放送されるやす・きよ漫才に衝撃を受けた僕は、エンタツ・アチャコにまで遡る様々な漫才師のビデオを借りて見るようになった。上岡龍太郎が時折話す昔の演芸人の聞き馴染みがある人のビデオから順に見ていった。やっさんの死は、こんな面白い人が、こんなにたくさんいたんだという発見の日々に僕を繋げた。


1996年新年早々『古畑任三郎』のシーズン2が始まり、春が来る頃には木村拓哉主演の月9ドラマ『ロングバケーション』がスタート。このドラマの第一回放送直後の22時からは『SMAP×SMAP』開始。SMAPも、木村拓哉も、ここから圧倒的な地位を獲得していく。


やがて凋落するテレビの歴史は、ここからがラストスパートだったのかもしれない。昭和から平成に変わったのは1989年だけど、エンタメの歴史はこのあたりが一段階変わり始めた契機だった。


音楽はすでに80年代のような雑多感が薄れ、ミリオンセラーとなる売れ線楽曲がチャートを占めていった。サザン、ミスチル、Bz、スピッツ、安室奈美恵、そして、マイラバ、パフィーなど有名プロデューサーらによるヒット・ソング。


僕が洋楽に傾倒し始めたのはこの頃だ。学校に内緒で始めたラーメン屋のバイトで自由に使えるお金が増えてきた僕は、近所のレンタルビデオ店に通っては昔の演芸ビデオや洋楽CDを借り漁っていた。大人達を共鳴させてきたエンタメにもっと触れたい。彼らは今でこそ大人ぶっているが、学生時代はもっとすごいものを見てきたに違いない。


僕のエンタメ欲求は、リアルタイムで流れるテレビだけでは満たされない程にまで肥大化していた。地球誕生のルーツに好奇心を駆られるように、今のエンタメに影響を及ぼした原点がもっと見たい。ブルーハーツはなぜあんな音楽を生み出せた? ロックはどこから始まった? パンクとはなにか? SEX PISTOLSとは何者か。


二年の担任は英語教師のおじさんで、自分のことをムッシュと名乗る不思議な先生だった。太った身体で、スラックスを胸元まで上げて履くムッシュは洋楽好きで、英語教育の一環として『WE ARE THE WORLD』のビデオを授業中に見せてくれた。


マイケル・ジャクソン、ビリー・ジョエル、シンディー・ローパー、スティービー・ワンダー、レイ・チャールズ。インターネットもなく、洋楽に馴染みがなくても聞いたことのある有名ミュージシャンの中に、どうもみんなと馴染めず浮いているアメリカ人っぽくない男、その人物こそがのちに僕が最も多くのCDを保有するミュージシャン、ボブ・ディランだった。


長渕剛も桑田佳祐も、ヒロトもマーシーもよく口にする、これがボブ・ディランか。


実物を見たことでちゃんと歌を聴いてみたくなった僕は、例によってまた地元のレンタル店に行き、何枚かCDを借りてきたが、なにがいいのかさっぱり分からなかった。

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