第13話 爆発寸前の火薬のような
突如体育館を襲った爆音に、生徒たちはざわついた。
腹に重たく響いてくる重低音。
生徒会長の話を真面目に聞いていたものいないもの関係なく、空間を突き破り、場を一つしてしまう魔法。
ロックンロール。
ステージの緞帳がゆっくりと上がり始めると、大歓声が沸き起こった。
制服姿のまま演奏をする、4人の三年女子の姿が見えた。
ガールズ・バンド。
これは。
『Love me do』だ。
僕は三送会のチャイナのドラムを思い出した。また心がざわつく。
『Love me do』は、いかにも60年代サウンドのシンプルな曲程度の認識しかなかったけど、生で聴くと、こんなにもかっこいいものなのか。
ビートルズを、三年生のお姉さんたちが、見慣れた制服姿で見慣れない楽器を抱え、手元を見ながら一生懸命演奏している。
どこかジュディマリのYUKIのような声で歌う小柄なヴォーカリストに、ギターの人が近づいていって、同じマイクでハモり出す。埼玉の小さなジョンとポールの誕生だ。
このオープニングセレモニーは、毎年行われているようで、一年生にはサプライズだった。降りている緞帳の前で生徒会長が話していたのは、そういうことだったのか。
文化祭は、金曜と土曜の2日間にかけて開催される。
オガサカのフランスは当然採用されることはなく、我がクラスは宝探しをやることになった。
僕とクマは、クラスの手伝いもろくにせず、体育館と、そのすぐ隣にある武道場を行き来していた。
開催期間中は、校内バンドが10組程度出演する。
その会場が、体育館と武道場なのだ。
オープニングで強烈なビートルズを見たこともあり、もっと他のバンドも見たくなった。
「サギ、13時から福山あるよ。武道場」
「裏(体育館)はWANDSかあ。まあ福山かね。一応同中だし」
「シマダ先輩と? そうなの?」
「いや面識はないけど、妹と同じクラスだったんだよ。俺めっちゃバカにされたことあるもの」
「なんで?」
「バスケ部の先輩でイケメンのタイチくんっていうのがいてさ。みんながそう呼んでるから俺も普通にタイチくんって呼んでたら、“タイチくんとか言ってるし”って」
「お前ごときがタイチくん呼びしてんなと。まあそりゃそうでしょ。あんたみたいなもんが」
「でも超美人で超巨乳よ」
「まじで。俺もバカにされたい」
校内一のイケメンと噂されていた三年のシマダ先輩を、はっきりと見たことはなかった。
確かに妹は可愛かったから、兄もカッコいいんだろうか。ふざけやがって。見てやろうじゃないか。
いつも男たちの熱気で包まれている汗臭い武道場は、三年女子たちのエイトフォーの香りが入り混じった異様な空気だった。
この時代の女子高生は、カルチャーの牽引者だった。コギャル、ミニスカ、ルーズソックスといったファッション、たまごっちやプリクラなどのゲーム、援助交際、ブルセラなどの風俗から、極めつけのポケベル。
校舎の下駄箱付近に公衆電話があったから、昼休みは必ず何人かが並んでいた。駅のホームでもどこでも、公衆電話には必ず、早打ちでポケベルのメッセージを送信している女子高生がいた。
ちょうど『Hello』のイントロが聴こえてきた。シマダ先輩は、長身のサラサラ中分けヘアーの甘い顔立ちで、モテるのが頷けた。ふざけやがって。
先輩は、一人でギターを弾きながら歌っていたが、ベースやドラムの音がスピーカーからわずかに聴こえた。
なるほど、ギター一本だと音が寂しいからオケを流しているのか。俺ならギター一本でもやれるぜ。
シマダ先輩の運指を見る。コードはD→A→G。
分かるぞ。俺もこの曲この間家でやったから。
僕はステージに立つシマダ先輩を、自分と重ねながら見ていた。
「そんなはずはないさ♪」と決してモノマネ風ではないクリーンな声で歌い出されると、また歓声が上がった。
進研ゼミの漫画で読んでいたような世界が、目の前で繰り広げられていた。あの漫画って、嘘じゃなかったんだ。
会場の少し離れた所で、ヘッドフォンをかけた見慣れぬ私服のお兄さんが、パイプ椅子に座り机の上の卓をいじっているのが見えた。
学校側が呼んだ業者(PA)さんらしい。どうりで音も良い。俺もこの人に調整して欲しい。
「来年は俺も出よう」と僕は心の中で決意した。
文化祭が終わった秋の始め、ドラマ『未成年』がスタートした。
『高校教師』『人間・失格~たとえばぼくが死んだら~』と合わせてTBS野島三部作と後に言われることになるこのドラマは、いしだ壱成、反町隆史、香取慎吾、桜井幸子、そして、歌姫になる前の浜崎あゆみなどが出演していた。
野島伸司脚本ならと一話目を見てみると、いきなりヒロトとマーシーが出てきた。
ブルーハーツが解散後に結成したハイロウズのライブ会場のシーンで、警備員アルバイトをする戸川
ブルーハーツは1995年6月のラジオで突然解散を発表し、僕らが林間学校に行く直前にリリースした『PAN』を最後に、10年の活動に終わりを告げた。
僕は、きっとまたすぐ再結成するだろうと思っていた。あんなすごいバンドを、自ら手放すわけがない。
しかし、ヒロトとマーシーはこの年ハイロウズを結成し、ドラマ『未成年』が始まる頃には『ミサイルマン』で僕らをまた撃ち抜いた。
この曲のライブシーンから始まったこのドラマは平均視聴率20.0%で、主題歌に起用されたカーペンターズのベスト盤は、300万枚を超えるヒットとなった。またみんなとの共通言語が戻ってきた気がした。
5人の高校生の様々な葛藤を描くこのドラマを漏れなく見ていた僕らは、漏れなく感化された。
みんな意味もなく川に飛び込み、意味もなく線路を歩いた。
体育館へ向かう廊下も、味気ない食堂も、主題歌の『トップ・オブ・ザ・ワールド』を脳内再生すれば、全部楽しく変換できる。1973年のアメリカの歌が、1995年の日本の高校生の景色を変えた。
ちなみに、『ぼくたちの失敗』も1976年にリリースされた古い歌だが、『高校教師』の主題歌に起用されたことで、90万枚を売り上げた。
「チンカス」と松本人志にこき下ろされたナインティナインは、このドラマが始まった月に『めちゃ×2モテたいッ!』を深夜で始め、のちに『めちゃ×2イケてるッ!』を
ナイナイは当時、ポスト・ダウンタウンのような見方をされていたため、「
僕は日曜夕方に関東ローカルでやっていた『ぐるぐるナインティナイン』から好きだったし、松ちゃんはきっと、感じる必要のない焦りから威嚇してみせたんだろうと思った。
同月に始まったとんねるずの新番組『ねる様の踏み絵』は、今の関係に不満を抱える一般の男女カップル10組を集め、他の男女に飴を口移しさせたりする、スワップ推奨番組で、その過激さから半年で打ち切りになったが、この後番組で始まったのが『うたばん』だ。
やがて『HEY!HEY!HEY!』と激しい攻防線を繰り広げながら、新たなJ-POPの発信拠点となっていく。
この年の紅白では、白組司会の古舘伊知郎が浜田雅功を呼び込み『WOW WAR TONIGHT』を熱唱。
大盛り上がりの中、坂本龍一プロデュースによるダウンタウンの音楽ユニット『芸者ガールズ』の格好をした松本人志が出てきたときは、テレビの前で立ち上がり、手を叩いて笑った。
「松ちゃん来たー!」
全国のお笑いキッズたちと、大晦日に繋がった瞬間だった。
年が変わると、天才漫才師・横山やすし逝去の訃報が飛び込んでくる。
『ごっつ~』で松本人志が『やすしくん』というコントをやっていた最中での逝去だった。
追悼番組で繰り返し放送されるやす・きよ漫才に衝撃を受けた僕は、海原千里・万里からエンタツ・アチャコにまで、様々な漫才師のビデオを借りるようになった。
上岡龍太郎が時折名前を挙げる、昔の演芸人。横山やすしの死は、「こんな面白い人が、こんなにたくさんいたのか」という発見の日々に僕を繋げていった。
1996年は『古畑任三郎』のシーズン2が始まり、春が来る頃には木村拓哉主演の月9ドラマ『ロングバケーション』が開始。
このドラマの第一回放送直後の22時から『SMAP×SMAP』も始まり、SMAPも木村拓哉も、圧倒的な地位を獲得していく。
やがて凋落するテレビの歴史は、ここからがラストスパートだったのかもしれない。
音楽はすでに80年代のような雑多感が薄れ、サザン、ミスチル、Bz、スピッツ、安室奈美恵、そして、マイラバやパフィーなど、有名プロデューサーらが仕掛ける楽曲。
ヒットチャートにどこかパターンのようなものを感じ始めていた僕は、新たな刺激を求め、古い洋楽を借り始めた。野島伸司が掘り起こしてくる、カーペンターズやサイモン&ガーファンクルの影響も大きい。
学校に内緒で始めたラーメン屋のバイトで自由に使えるお金が増えてきた僕は、近所のレンタルビデオ店に通い詰めた。
昔の演芸人のビデオを見ていたときもそうだったように、ルーツに触れるのは、マジックの種明かしを見るようで、楽しかった。人を魅了する魔法のようなエンタメにも、必ずルーツがある。
地球誕生のルーツに好奇心を駆られるように、今日にまで至るエンタメの系譜がもっと知りたい。起源にまで遡りたい。
ブルーハーツはなぜあんな音楽を生み出せた? ロックはどこから始まった? パンクとはなにか? セックス・ピストルズとは何者か。
二年の文化祭では、僕とクマはそれぞれ違うバンドで、文化祭ライブに出ることになる。
クマはブルーハーツのコピーバンドで、僕は長渕剛の弾き語り。
セックス・ピストルズか、ボブ・ディランか。
どちらが客を魅了できるかの勝負となった。
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