第45話 やるか逃げるか

6才児を集め、再びレコーディング作業に入った。


『そうだ埼玉』の音源を完成させると、ダンスの振り付けやプロジェクトのロゴデザインを作れる人を探して依頼しする。このあたりは仕事でよくやっていたことだったけど、一番難しいのは出演者だ。


「AKBのやつ?違うの?じゃあ結構です」

「埼玉県の仕事じゃないの? なら間に合ってます」


シマムラくんと手分けして、埼玉県の企業に片っ端から電話していったが、相手にされないのは当然だった。


AKB48とか、埼玉県公認とか、“みんなが知っているなにか”という取っ掛かりがなければ勝ち目がない戦いだった。


認知とは、信用だ。例え胡散臭くても認知されていれば信用される。真面目そうに見えても知らない人は胡散臭い。容姿や素行を問わず有名人がモテるのはそのためだ。僕は認知されていないうえ胡散臭いから倍大変だ。しかしそんなのは関係ない。断られても辛くても、1円にならなくても止まるという選択肢は今の僕にはない。


このときフリーランスの仕事は完全になくなっていたから、いずれにせよ退路もなかった。埼玉と、エンタメと心中する。


そもそも僕は、肩書きで勝負できる場所に属したことが一度もない。断られたら次に行くまで。とにかく電話をかけてかけてかけまくる。今さら恥もプライドもない。担当者と話せる日程を教えてもらえたら、また電話する。資料をFAXする、メール添付する。この工程を一人100社、二人で200社に繰り返した。


出演OKをもらった企業には、練習用ダンス映像のYouTubeリンクを送り、社内で練習しておいてもらう。踊ってもらう尺は5秒から10秒程度で、踊るパートをこちらで指定してお願いする。


日程と場所を決めたら、二人で撮影に向かう。10秒程度であっても、社員や店員がうまく踊れないのは当然のことなので、ここはイベント業で叩き込まれたノウハウで円滑に現場を動かす。最終的に46社が参加してくれることになったから、これを46回繰り返して動画は完成した。


ミュージシャンを目指していた頃の自分を呼び起こして作った、クマが歌う『そうだ埼玉』は、合計837人の埼玉県民が踊る動画となった。


10ヶ月間かけ自腹で立ち上げたこのプロジェクトは、地元メディアからいくつか取材を受け、公開後、再生回数は3万回程度まで伸びたが、そこまでだった。


自分のタイミングで、勝手に始めたことに世間がついてきてくれるほど甘くはない。企画から作曲レコーディング、交渉、撮影、宣伝まで全部やった。仮にこれが“いいもの”だったとしても、時代がそのときそれを求めなければ、結果は伴わない。10年後20年後評価されたとしても僕は全く嬉しくない。そんな高度な芸術をやるつもりも、やっているつもりもない。


いつか分かってくれればいい。分かってくれる人だけ、分かってくれればいい。そんな思いは全くなかった。結局こういった思いは、心を防御しながら夢ばかり見ていた20代の頃の自分が自分に攻撃されないように作った言い訳だ。


イベント会社や音楽メーカーにいたとき、大きな仕事でうまくいったこともあったけど、全ては“会社”という背景があったからだった。自分でムーブメントを起こすのは絶望的に難しかった。


現実という刀に真正面から斬りつけられた。父が死んだときは背中だった。現実から逃げ出したところを背中からばっさり斬りつけられた。今回は真正面。爽快な痛みだ。


やり尽くした。


いまいち結果が伴わなくてもすぐ次に取りかかれたのは、常にやりたいことがあったからだ。自分がやりたいと思ったことは全てやれた。テレビの真似事で騒ぎ、みんなで共有し、そんなようなことを仕事にし、自分で、シマムラくんや6才児、いろんな人たちと一緒に自力でクリエイティブもやってみた。いつもやりたいことは山ほどあって、何度目かのモラトリアム期間で、全てやり尽くした。


大きく目立つことはできなかった33年間だったが、これ以上はもうできない。あの10ヶ月間をまたやる気にはとてもじゃないがもうなれない。今後あの芽、、、が出てきても、僕はいつでも踏み潰せる。


シマムラくんは無事再就職が決まり、東京で働き出した。僕は、そうだ埼玉の公開と共にリリースした埼玉情報ウェブサイト『そうだ埼玉.com』を運営しながら、マネタイズの可能性を探っていた。記事が見られた回数分収益が上がるGoogleアドセンスや、紹介したものが売れるとマージンがもらえるアフィリエイトなどいろいろ試してみたが、生活していけるほど稼ぐことは難しいと感じた。


半年が経ち、僕は転職サイトに登録を済ました。


音楽業界か、広告業界か。イベント業は…。埼玉に根差した企業というのもいい。シマムラくんは、そうだ埼玉を通して得た知見を活かし、東京のプロモーション関係の会社に入った。彼は元々優秀な人間だったし、あのずば抜けた容姿の上に、ずば抜けた根性の持ち主でもあるから、どこへ入っても活躍できるだろう。欲しがる企業も多いはず。僕より3つ下だからまだ31歳だし。


僕はどうだろう。ここに入りたいという企業も業界も、さほどない。むしろ、働かせてくれるところで全力を出せばいい、という思考でいいのかもしれない。今ならその思考でいけそうな自分がいる。


やってみたい業界で仕事もしてきた。辛い思いもたくさんした。自分でお金を出し、やりたいこともやってみた。もう十分だ。


では、どういうところなら自分を雇用してくれるだろうか。一番経歴をそれっぽく謳えるのはやはり音楽業界だが、今から音楽業界というのもどうだろう。将来性云々以上に、表も裏もやり切った感が大きい。


となると広告業が、これまでやってきたことを最も活かせるのかもしれない。シマムラくんがその業界へ行った意味が分かったような気がした。ならばいっそ、彼が入った会社に…


そんなことを考えていると、あるwebメディアから僕のところへ連絡が来た。


「今埼玉県の女子高生の間でブームになっている“埼玉ポーズ”について、鷺谷さんに取材させて頂きたいのですか」


僕は再び引き戻された。

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