第27話 すべてを焼き尽くすほどの爆弾が出番を待ってるぜ

自分のライブで覚えているのは高校の文化祭と兄の結婚式くらいで、出演を続けた渋谷アピアや四谷天窓でのライブに緊張以外の興奮はなく、慣れてくると次第にそれは、自分と外への弁解材料としてしか機能していなかった。


僕は今年24歳になる。友人らはみな就職し、大人としての人生を歩み始めていた。僕も正社員として働いていたが、そもそも正社員になる必要があったのだろうか。ミュージシャンになるならもう少し時間が使えるフリーターで十分で、夢を実現させるためにもっと突っ込んだ行動が必要なのではないか。正社員という雇用形態は、夢に対する保険のよう。保険をかけられる夢は、夢と言えるのだろうか。


曲を書き、録音し、デモテープを送り続けている。ライブハウスに出演し続けている。ミュージシャンを目指す者誰もがやっていることをしているだけで、本気でミュージシャンになりたいのか、ミュージシャンになりたい自分を演じているだけなのか、よく分からなくなってきた。


「ミュージシャン、諦めようと思う」


クマにそう話すと、彼はいつになく興奮気味にこう返してきた。


「デモテープ全部送った? まだ送ってないところない? 本当に全部よ?」

「うーん、でも募集が出てるようなところはたいてい…」

「曲は?全曲送った?」

「たいてい1〜2曲」

「憂鬱のレモンティーは?」

「あれはでもオーディションっぽくないし」

「いや、あれが一番あんたっぽいよ。あれ送ってみたほうがいいって」


クマはこの頃、就職しては退職しを繰り返していて、社会に馴染めず苦しんでいた。僕らは時間があれば会ってエンタメの話に華を咲かせたが、学生時代とは違い、常に「今の自分」がつきまとった。だからか、普段あまり人に干渉しないクマが珍しく僕に激励叱咤したのだろう。どこかで、共闘意識があったのだろう。


「今度ミッシェルMステ出るみたいね」


帰り際クマはそう呟いた。


2003年、ロシアの女性ユニットt.A.T.u.は、ステージでキスを披露するパフォーマンスが世界を巻き込んでの話題となり、6月27日、ミュージックステーションに出演した。ミッシェルもその日がMステ初登場で、僕はt.A.T.uよりミッシェル目当てでテレビの前で身構えた。


当時ミッシェルはロックファンの間でその名を知らぬ者はいない存在だったが、メインストリームど真ん中の音楽番組に出演するということ自体、僕にとっては事件だった。大学生達の華やかなパーティーに、ちょいとお邪魔するよといきなり筋者の極道が入ってくるようなもので、どうなっちゃうんだろうというワクワクが、日本中のロックファンから向けられた金曜の夜だった。


この日の出演者はV6、今井絵理子、RIP SLYME、Sowelu。順番に登場し、CMが明けると、オープニングにいたt.A.T.uの姿がなかった。そこに触れる者はなく番組は進行していたが、どこかみんなそわそわしている。演奏前、タモさんがチバさんに話を振ると「いやなんか…順番違うし」と笑う。t.A.T.uになにかあってバタバタしてるのかなと思った。


ミッシェルはこの頃リリースした『SABRINA NO HEAVEN』から『デッドマンズ・ギャラクシー・デイズ』を披露した。僕は『ミッドナイト・クラクション・ベイビー』を演ると思っていたから小さく落胆した。途中歌詞が飛んだチバさんは「るーーらああ!」と誤魔化したのが印象的だった。


「t.A.T.u.が、出たくねえ、、、、、、ということで…」


お笑い芸人は空気を掴み取るプロフェッショナルだ。t.A.T.u.がいない、変わる進行、ざわつくスタジオ、それはきっと、視聴者にも伝わっている。「ちょっとトラブルが起きまして」「t.A.T.u.側に問題があったようで」「大変申し訳ないのですが」どんな言葉を、どんな言い方で伝えるか。無限にある選択肢の中からタモさんは、


「t.A.T.u.が、出たくねえ、、、、、、ということで…」


という一言で列島に瞬間的に状況を伝えると共に笑いを巻き起こした。やっぱりそうだったのか、と僕は笑った。きっと今頃クマも、ロックファンも、視聴者全員がそう思っているだろう。笑いが混ざった嘆息と共に、視聴者の思いを一つにした。毎日生放送に出ている人の察知力とアドリブ力は半端じゃない。


「t.A.T.u.、今ならまだ間に合うぞー!」


CMに入る直前タモさんがそう呼びかけた。最後の最後に出てきて驚かすのか、「来なかった、どうしよう」と時間を繋ぐのか、僕のワクワクは昔よく見たテレビのように、最高潮へと向かっていった。


CMが明けると、映像のテンションが変わっていた。さっきまでの焦りと緊張が消え、会場の雰囲気が騒々しい。


「結局t.A.T.u.は来ませんでしたー」


タモさんの語調もさっきまでとどこか違う。


「急遽ミッシェルガンエレファントにもう一曲演ってもらいます!」


アベさんのギターの音。チバさんのシャウト。わずかに映ったミッシェルの姿に対して「セットもありません!」とタモさんが挟む。


どうなってしまうんだ? というワクワクに対する、最も意外で、最も突き出た回答。もう一曲誰かに演ってもらうという選択肢があったとしても、それに相応しい人はたくさんいた。


それなのにミッシェルだった。すぐに演奏できるのがミッシェルしかいなかったからとか、のちに理由は諸説語られることになるが、この日ばかりは、ロックがミッシェルを選んだ。


メジャーだろうと、ど真ん中だろうと、やっていることは所詮同じ音楽。業界の様々な思惑が跋扈するメインストリームの番組で、ミッシェルは『ミッドナイト・クラクション・ベイビー』の演奏を始めた。


来た。これは祭りだ。


タモさんも出演者も、ジャンルは違えど芸能人。元来のお祭好きの血が騒ぐのか、どう見てもミッシェルが好きだとは思えない共演者らも、異常な盛り上がりを見せた。それに対して客席が水を打ったように静かだった。V6が好きで来た客にとっては、全てが退屈だっただろう。小学生時分、ブルーハーツを気持ち悪いと毛嫌いしていた光GENJIファンの女子たちを思い出した。ざまあみやがれ。


途中、Mステスタッフがライブ会場にいるロックファンのように大騒ぎしている画が映り込んだ。この窮地でも、即興でここまで高いクオリティで演奏できるミッシェルもさすがだが、その迫力を余すことなく完璧な音と臨場感で届けられるPAスタッフやカメラマンもすごいと思った。


騒ぐスタッフを捉えていたカメラマンも、そこに一瞬切り替えたスイッチャーも、やってまえ精神だったのだろう。静かな客席撮るくらいなら、こっちの方が画になると思ったのかもしれない。あるいは、世界的に有名なアーティストに、炎上商法の道具として使われた怒りからくるものだったのかもしれない。


見事な尺の読みで演奏は終わり、生放送は終わった。Mステにミッシェルはどう見ても場違いで、その明らかな違和感から一気にビタッと真ん中を制圧する快感があった。


熱気冷めやらぬその年の夏の終わり、ミッシェルガンエレファントは解散を発表した。誰が言ったか知らないが、のちに「伝説の夜」と名付けられたMステの一件で全国区となった矢先の解散発表。


このときすでに予定されていた全国ツアー最終日である幕張メッセのライブをもって、解散することが発表された。


僕はクマに電話した。


「ミッシェルの解散ライブ行かない?」

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