第20話 人には歴史があるけれど僕たち生まれたばっかりだ

どうしてここまで勘違いして生きて来れたんだろう。


宇宙かどこかから届いた「俺はすごいんだ」という思想。またはこれこそが、先天的な才能だったのか。勘違いする力。宇多田ヒカルにはあんな才能が付与されて、こっちにはなんでこんな思い込み力みたいな才能なんだ。


シマムラくんと出会ったことで、僕の勘違いはまた一つ是正された。


自分の容姿は商売道具にならない。あんなイケメンがこんなところで普通にアルバイトしているんだから、よっぽど腕がないとミュージシャンなんて本当になれない。


この頃は『HEY!HEY!HEY!』や『うたばん』などの音楽番組で、西川貴教をはじめ多くのアーティストがトーク力で目立ち始めていた頃。そうだ、俺はこっちの路線だ。高い歌唱力とキレイな容姿を持つ西川貴教がトーク力まで持ち合わせていたということには目を背け、僕は自分を納得させた。


歌唱力では勝てないと専門学校時代に思わされたが、歌もダメ、容姿もダメ、人間性普通、バイトはよく出来る。これ、ミュージシャンになるやつなのか。


ある日、アルバイト歴が一番長い僕の直属の先輩が正社員に雇用された。他の先輩や同期の人間はすでに辞めてしまっていたから、直属の先輩が社員になったことで、僕はいつの間にか二階フロアのアルバイトのおさになっていた。


「君も正社員にならないか」と言われたら僕はどうするんだろう。先輩は、正社員になったことで給料がめちゃくちゃ上がったと喜んでいた。単純に羨ましいと思った。でも、ここで社員として働くために生きてきたんだっけ。


この環境にすっかり馴染み、仕事にも慣れた。居心地も悪くなかったが、このままここで働き続けるべきか。


そんな僕の悩みは、杞憂に終わる。


働き始めてから2年が経とうとした頃、店長から「この店は閉店することになった」と告げられた。


どうも最近社員さん達の動きが怪しいとは思っていたが、まさか閉店するとは思わなかった。そしていつもの通常業務に、在庫整理の仕事が加わった。見慣れた光景から、少しずつモノが減っていった。


最後だからということで、店員のおすすめCDコーナーを、一階のセルCDコーナーに作ることになった。手書きで紹介文を書いたPOPをつけて店頭に並べると、僕が書いたCDは、書いても書いてもすぐ売り切れた。


テレビで見たものを再現する。好きなものを紹介する。僕が一番やりたいのは、なにかを再現することでも紹介することでもなく、自分がテレビに出て音楽を発信してみんなと共有することだ。紹介したCDが売れていく喜びの中で、妙な不安がつきまとった。


最終日、近くのコンビニで買ってきた酒やつまみを持ち寄って、閉店後の店内でささやかな飲み会をすることになった。1Fは、翌日から業者が搬出する機材や在庫が乱雑に置かれていたから、片付けられてガランとした2Fフロアでやる。


ドラマのワンシーンのようになるはずの最後の宴は、思っていたような画にならなかった。


1Fチームと2Fチーム、社員とバイト、年下と年上、男と女、様々な薄めの壁がバリアとなって、どうにも話が盛り上がらない。営業時間が深夜までだったこともあり、この職場はみんなで飲みに行くという習慣が一切なかった。そのため、全員が一同に介すこの状況自体がはじめてのことで、みんなどこかに戸惑いがあった。


こういうときは、面倒な酔っ払いでもいてくれた方がいい。かき乱して、それを収拾する形で全員が一つになっていく。でもここにはそういう人もいない。店長は31歳だったし、社員も26歳前後。僕が22歳でバイトの長。


よし、と僕は小さく頷き立ち上がってこう言った。


「音楽でもかけましょう」


どうせもう会うこともない。今さら好かれるも嫌われるもない。僕はバックヤードに入って適当なCDをかけ、戻るなり突然司会者然として、一人ずつ順に話を振り出した。


仕切り屋、出しゃばり、目立ちたがり。埼玉県民はこう言われることを嫌う傾向にある。一歩引いて全体を見回し、歩調を合わせる精神性は輪を重んじる日本人らしい良いところでもあるが、悪く言えば引っ込み思案で、こういうとき面倒臭い。さっさと誰かに出しゃばってほしいところだが、誰もやらないなら僕がやる。


既婚で子持ちの男性社員が新人女性バイトに手を出し、その空気が社内に漏れ始めるとそれを察したその新人が辞めていくというループがあった。あるとき、そのループに我慢できなくなったもう一人の社員が激昂し、彼を控え室に呼び出し土下座させる事件など、小さなドラマならいくつもあった。


ここは、例え小さくても、僕が社会の中で2年間仕事が出来るということを、良くも悪くも教えてくれた場所だ。例の問題社員は辞めていったけど、このお店も従業員も、僕は好きだった。このドラマの最終回を、こんなよそよそしい空気で終わらせたくはない。僕は、ゴール下でよくやっていたリズムと軍団ノリを活かして、話題を引っ張った。


「このお店で一番大変だった仕事は?」

「なんだかんだ、一番好きな映画は?」

「この先はなんの仕事をする?」


仕切るといっても、単純な質問を投げかけるだけ。全員が共通して関心がありそうな質問を関心がありそうな人に聞いて、みんなの反応に委ねるというきっかけ作り。みんなが反応しにくい回答が返ってきた場合のみ、質問者責任として受け答えする。


すると次第に、隣の人とひっそり話していただけの会が、全員が一つの話題でワッと笑える会になっていく。


「そうだ、俺店長にずっと聞いてみたいことがあったんですけど」


みんなも自発的に全員の前で発言するような流れになってきた。他愛もない話は深夜まで続き、日本人初のグラミー賞を受賞する予定のシンガーソングライターは、最後の最後で陳腐な司会者となって2年間のフリーター生活を終えた。やっぱり音楽家の路線じゃないのかもしれないと思いながら僕は一人帰宅した。

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