ブルーハーツを聴かずに親父は死んだ

鷺谷政明

第1話 僕が生まれた所が

年下のミュージシャンに心を奪われたのは、いつが最初だっただろうか。


自分に影響を与えるカルチャーの作り手たちは、常に年上の存在だった。


高校を卒業する頃には、同年代からスターが現れる。年代が近いことで親近感を覚えることもあれば、自分と比較して落胆することもある。


やがて大人になり30歳40歳になっていくと、若い世代の作り手たちを評論家のような顔で見始める。こんなの芸とは呼べないな。こんなのロックじゃないだろう。


20代のあいみょんが、40代や50代の男性からも好かれるのは、彼女の中に、過去の自分を見るからだ。


小さな身体から放たれる言葉や音の向こう側に、かつで自分を撃ち抜いてきた、ヒーローたちの姿を垣間見る。


吉田拓郎、浜田省吾、河島英五、尾崎豊、スピッツ…時代を彩り、変革させてきた多くの歌たちが、彼女の体内で血肉となって鳴り響く。それは、時代やジャンルを飛び越えて、理屈より先に感覚を優先していた頃の自分に引き戻す。


僕が年下のミュージシャンに心を奪われた最初は、宇多田ヒカルだった。


「自分は選ばれし特別な人間だ」という誤解は、彼女が15歳でリリースした『Automatic』を聴いただけでは解けなかったが、父の死によってそれは、ゆっくりと醒めていった。


宇多田ヒカルの登場から7年が経過した、僕が26歳のとき。


--- --- --- ---


人はなぜ、「目立ちたい」と思うのだろう。


人類は、「動いているのは天体であって地球は動いていない」と考えた。それくらい自分中心で物事を捉えるのは自然のことであり、僕は、全ての人間は目立ちたがり屋だと思っている。


例え直接的でなくても、なんらかの形で自分の存在を認められたい。あとは、その思いの総量と、実現させるための技術。


僕にはその2つがあった。少なくともそう感じていた。だから「自分は特別だ」と思った。


体育の先生が校庭でバク転を披露したこと、若くてキレイな女の先生が同じクラスの男の子にキスをしたこと、この2つだけは、幼稚園児の頃の記憶として、はっきりと覚えている。


「今日はササキくんが一番良く頑張ってくれました。ササキくん、すごいね」


そう言うとその美人先生は、ササキくんの横にしゃがみこみ、彼のホッペにキスをした。割れんばかりに教室が盛り上がると、ササキくんの顔が真っ赤に染まり上がり、それを横目に、怒りに震えていたのが僕だ。


キレイな先生にキスされたササキくんにというより、自・分・よ・り・目・立・っ・た・者・へ・の・嫉・妬・心・から来る怒りだった。体育の先生のバク転を覚えていたことも、それで説明がつく。


この追憶からもう一つ分かるのは、例え園児であっても「若くてかわいい女の先生」と「そうでない先生」を、はっきり分けて捉えていたということ。だから僕は、大人になった今も子どもを侮らない。


人は、「才能」という言葉と高校に入ったあたりから真剣に向き合い始める。電車に乗れば、その文字が入った広告や見出しに目が奪われる。「将来」が近付いてくることへの防衛本能か、自分にはなにか特別な才能があると信じたい、自己肯定欲求か。


15年生きて高校に入り「才能」と向き合い、もう15年生きて30歳、ここらを過ぎたあたりで答え合わせに入る。僕の才能は、「目立ちたい」という欲求“だけ”であり、目立つために必要な「覚悟」がなかったという答え。


「才能」を意識し始めると、有名人の成功エピソードばかりに目が行く。何歳でデビューして、何歳のときにはこうなって……彼らが歴史を刻んだ年齢と、自分の年齢を照らし合わせて、焦燥感に駆られる。


スターになる人たちは、生い立ちからして皆みなドラマチックだ。矢沢永吉の『成り上がり』は、いかに自分が普通だったかを痛感させる。


父は一部上場の医薬品メーカーに勤務していて、そこで出会った母と結婚し、僕は1979年埼玉県で生を受けた。


サギタニ家は豪邸とは言わないものの、一軒家で、食べることに何不自由することなくファミコンやゲームなど、高価なものでなければ一通り買い与えられた。バブル景気の影響もありそんな中流家庭は多く、子どもの環境の差があまりない時代だった。


食うに困らずファミコンもあって、埼玉だから夜汽車に乗らずとも東京へ行けた。ドラマなどなにもない。


あるのは目立ちたいという欲求と、エンタメへの強烈な関心だけ。


いつだって僕に足りないのは、「覚悟」だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る