第4話 見えない銃を撃ちまくる
「ブルーハーツって気持ち悪い」
と言われるのが最高に気持ち良かった。
当時クラスでは、女子を中心に光GENJIが大流行で、休み時間の話題といえば、諸星クンの下敷きだの、大沢クンの筆箱だので持ち切り。飛鳥涼が手掛けた『パラダイス銀河』の良さを今なら幾分か理解できても、当時の僕にそこまでの知見はない。
誰が見てもキレイな顔立ちで、ローラースケートに乗って歌うアイドルが、僕にはなにも響かなかった。子ども向け番組同様、「そんなわけないじゃん」と思ったからだ。
1989年に放送された斉藤由貴主演のドラマ『はいすくーる落書』は、当時社会問題化していた校内暴力をヤンキー主体にポップに描いた作品で、ドラマ好きの僕は「とりあえず一話目だけ」とチェックするつもりで見た。
「先生〜、一発やらせてくれよ〜」
と、ヤンキーたちが斉藤由貴演じる新米女教師に迫るエロシーンにも心を奪われたが、主題歌の『TRAIN-TRAIN』がエロ以上に頭から離れなくなった。
そこで僕は二話目の放送開始前、カセットデッキをテレビの前に置いて、録音を試みた。
しかし、いいところで酔った父の怒声が入ったり、救急車に反応したゴロが遠吠えしたりと、あとから聴いても生活感の極みで、なかなかその列車に乗ることができなかった。
そこで僕は、CDの購入を決意した。
レコードが減り、CDが普及し始めたこの頃は、「金持ちしか持っていない」という認識だったレーザーディスクにも似たCDが、レコードやカセットテープより未来永劫続く、音楽記録媒体の決定事項に見えた。しかし、iPhoneが2007年に登場することを考えれば、CDが主役の時代は20年くらいだったと言えるのかもしれない。
そして僕は駅前のレコード店で、人生初となるCDを買った。ようやく列車に乗れた。
当時のアイドルや歌謡曲に比べれば、ブルーハーツは決して流行していたバンドではなかった。このドラマの主題歌に起用されたことでブルーハーツ初となるトップ10入りを果たし、クラスの女子も知ることになった。
「ブルーハーツは歌い方が気持ち悪い」と彼女らは敬遠した。でも僕からすれば、「将来は白馬に乗った王子様と結婚したい」と真顔で言うあなた方に分かるわけがないと、妙に安堵した。
ブルーハーツは、僕が抱く「そんなわけないじゃん」と感じる汚い現実と真っ向から向き合い、それを笑い飛ばしてしまうようなカッコ良さがあった。だから僕には、ものすごくリアルなものに見えた。
ここは天国じゃないんだ かと言って地獄でもない 良い奴ばかりじゃないけど 悪い奴ばかりでもない
嫌らしさも汚らしさも 剥き出しにして走ってく 聖者になんてなれないよ だけど生きてる方がいい
夏休みに家族で海に旅行に行くときも、お正月におばあちゃんの家に行くときも、いつもカセットウォークマンを携帯して、テープにダビングしたブルーハーツを爆音で聴いた。旅行が楽しみなのか、車でブルーハーツを聴くのが楽しみなのか分からなくなるほどに、僕はどこでも聴き続けた。
すっかり虜になっていった僕は、麻雀に続き、今度はブルーハーツを広めて回るようになった。
「オノウエの家でこれを爆音でかける」
僕はそう考えた。
オノウエ家は豪邸だった。お父さんが地元で工場を経営する社長で、マウンテンバイクで走り回れるほどの広い芝生の庭と、20畳を越えるバカでかいリビングがあった。
隅にはバーカウンター、その奥にある食器棚の隣には当時の僕より大きいステレオコンポが縦積みにされていて、今思えばあのリビングは、その辺のスナックよりも広いダンスホールのようで、ミラーボールまでついていた。
当時の子どもたちは、他の子の環境に嫉妬することはあまりなかった。みんなが同じようなものを見て、同じようなおもちゃで遊ぶ良くも悪くも画一的で、細かい違いはあれど、その心持ちに大きな差はなかった。
オノウエ家にみんなで初めて行ったときも、「俺んちより広くていいな」と言うものはなく、「でけー!」と新たな遊園地を見つけたようにみんなで歓喜した。
バーカウンター奥にあるレーザーディスクつきコンポに興味津々だった僕は、オノウエに操作方法を尋ねた。
「これ、どうやってかけるの?」
「わかんない。お父さんがやってるんだけど」
「お母さんなら分かるかな?」
オノウエの美人ママは、小柄な接しやすい人だった。
「いつもこれでパパが映画観たりするんだけど、音は…これかな?」
と言うと、大きなスピーカーからテレビの音が大音量で聞こえてきた。「うわー!」とみんながまた驚く。
僕の狙いは、ここをディスコ・クラブにすることだった。自分がDJとなって、ブルーハーツを爆音でかける。見えない銃を僕が撃ちまくる。
オノウエママに説明書を引っ張り出してきてもらって、僕はステレオの操作をマスターしていった。「誰かいじったろ! もう使わせんぞ!」とオノウエパパが言わないよう最初の設定をメモしておく徹底ぶりで、ブルーハーツをみんなと聴くためなら、準備も片付けも嬉々としてやった。僕の好奇心は、こんなとこでめげない。
オノウエクラブ用にブルーハーツのベストテープを作った僕は、20人近い同級生らを集め、オノウエ家のリビングで踊り狂った。はたから見れば危険な宗教にも見えるこの光景の中、オノウエママはいつもニコニコしながら、大量のジュースやお菓子を小洒落たお盆に載せて運んできてくれた。
初めて来た友達は、踊り狂う僕らに圧倒されて「えっ…これ何すればいいの」とたじろぐことになったが、いじられキャラのニサワが「好きに踊ればいいさ〜!」と率先して踊ると、体験入会者もすぐに溶け込むこととなった。
DJ役の僕にとっては、恥ずかしがって踊り出せないやつがどうすれば踊ってくれるかが命題だった。事前に説明しておくか、ダビングしたブルーハーツのテープを渡して、聴いてきてもらうべきか。
しかし、どんなやつでも独りでに踊り出すキラーチューンがあった。それが、1stに収録されている『ダンスナンバー』だ。
誰かが決めた ステップなんて 関係ないんだ デタラメでいいよ
カッコ悪くたっていいよ そんな事問題じゃない 君のこと笑うやつは トーフにぶつかって死んじまえ!!
早いリズムでそう叫ばれるこの歌は、あと一歩踏み出せない照れ屋な少年たちの心をあっさりと動かした。
「一緒にみんなで踊って騒ごうよ」と僕が100回言うより、この歌一発でみんな簡単に羞恥心を捨てる。まるで、自分の力でみんなを動かしているような錯覚さえ感じ、僕は音楽の力に益々魅せられていった。
昭和が終わり、平成が始まる中、上尾市の子どもたちはそうして麻雀とブルーハーツにのめり込んでいった。
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