第4話 見えない銃を撃ちまくる
「ブルーハーツって気持ち悪い」
と女子に言われるのが最高に気持ちよかった。
当時クラスでは光GENJIが大流行。休み時間の女子の話題といえば、諸星クンの下敷きだの大沢クンの筆箱だので持ち切りだった。飛鳥涼が手掛けた『パラダイス銀河』の良さを今なら幾分か理解できても、当時の僕にそこまでの知見はない。
誰が見てもキレイな顔立ちで、キラキラした歌詞をローラースケートに乗って歌うアイドルは、子供向け番組同様僕にはなにも響かなかった。そんなわけないじゃんと思ったからだ。「将来は、白馬に乗った王子様と結婚したい」と真顔で言う女子に対する目線と同じ。アイドルは、汚い現実を隠して偶像を見せているだけ。
ブルーハーツは違った。汚い現実と真っ向から向き合って、それを笑い飛ばすカッコ良さを感じた。だから僕には、ものすごくリアルなものに見えた。
日本がバブル熱気に包まれていく1980年代、ブルーハーツは流行していたバンドではなかった。
70年代から80年代初頭にかけて登場したミュージシャンらによる50万枚、100万枚ヒットに比べれば、ブルーハーツは一部の中高生から熱狂的な支持を受ける、10万セールス程度のロック・バンドの一つに過ぎなかった。
1987年に放送された斉藤由貴主演のヤンキードラマ『はいすくーる落書』は、当時社会問題化していた校内暴力を、ヤンキー主体にポップに描いた作品で、ドラマ好きの僕は「とりあえず一話目だけ」とチェックするつもりで何気なく見た。
「先生〜、一発やらせてくれよ〜」
とヤンキーたちが斉藤由貴演じる新米女教師に迫るエロシーンにも心を奪われたが、オープニングで流れた『TRAIN-TRAIN』が、エロ以上に頭から離れなくなった。
そこで僕は二話目の放送開始前、カセットデッキをテレビの前に置いて主題歌の録音を試みた。しかしいいところで父の酔った怒声が入ったり、救急車に反応したゴロが遠吠えしたりと後から聴いても生活感の極みで、僕はなかなかその列車に乗れなかった。
最終回を迎えてしまったらこの歌は一生聴けなくなると思った僕は、CDの購入を決意した。駄菓子やゲームセンターに使うおこずかいをセーブし、人生初の貯金に成功した僕は、駅前のレコード店で人生初となるCDを買った。ようやく列車に乗れた。
ブルーハーツの歌い方は気持ち悪い
とクラスの女子は敬遠したが、そう言われるヒロトに僕は益々心酔した。お前らに分かってもらっちゃ困るんだよこの良さは。
面白いものを見つけるとすぐにみんなと分かち合いたくなる性分の僕は、麻雀に続いてブルーハーツを広めて回った。
オノウエの家でこれを爆音でかける。僕はそう考えた。
オノウエ家は豪邸だった。お父さんが地元で工場を経営する社長で、マウンテンバイクで走り回れるほどの広い芝生の庭と、20畳を越えるバカでかいリビングがあった。隅にはバーカウンターがあり、食器棚の隣には当時の僕より大きいステレオコンポが縦積みにされていた。今思えばあのリビングは、その辺のスナックより広いさながらダンスホールで、ミラーボールまでついていた。
当時の子どもたちは他の子の環境に嫉妬することはあまりなかった。みんなが同じようなものを食べ、同じようなものを見て、同じようなおもちゃで遊ぶ、良くも悪くも画一的。細かい違いはあれど、みんなが程よく満たされていて、その心持ちに大きな差はなかった。
オノウエ家にみんなで初めて行ったときも、「俺んちより広くていいな」と言うものはなく、「でけー!」と新たな遊園地を見つけたようにみんなが歓喜した。
庭をレース場にして自転車で遊んだあとは、中に入って狂乱のダンスタイムというのがオノウエ家での遊び方になった。
バーカウンター奥にあるレーザーディスクつきコンポに興味津々だった僕は、オノウエに操作方法を尋ねた。
「これ、どうやってかけるの?」
「わかんない。お父さんがやってるんだけど」
「お母さんなら分かるかな?」
オノウエの美人ママは、小柄でとても接しやすい人だった。
「いつもこれでパパが映画観たりするんだけど、音は…これかな?」
と言うと大きなスピーカーからテレビの音が大音量で聞こえてきた。「うわー!」とみんなが驚く。
僕の狙いはここをディスコ・クラブにすることだ。自分がDJとなってブルーハーツを爆音でかける。見えない銃を撃ちまくる。そしてみんなと踊る。
「誰かいじったろ! もう使わせんぞ!」とオノウエパパが言わないよう最初の設定をメモしておく徹底ぶりで、僕はステレオの操作を完璧にマスターした。ブルーハーツをみんなと聴くためなら、準備も片付けも嬉々としてやった。
オノウエクラブ用にブルーハーツのベストテープを作った僕は、みんなを集めて20人近い同級生らとオノウエ家のリビングで踊り狂った。はたから見れば危険な宗教にも見えるこの光景の中、オノウエママはいつもニコニコしながら大量のジュースやお菓子を、小洒落たお盆に載せて運んできてくれた。
初めて来た友達は踊り狂う僕らに圧倒され、「えっ…これ何すればいいの」と必ずたじろぐのだが、いじられキャラのニサワが「好きに踊ればいいさ〜!」と率先して踊ると、体験入会者もすぐに溶け込むこととなった。
DJ役の僕にとっては、恥ずかしがって踊り出せないやつがどうすれば踊ってもらえるかが命題だった。事前に説明しておくか、ブルーハーツのテープを渡して聴いてきてもらうべきか。
しかし、どんなやつでも独りでに踊り出すキラーチューンがブルーハーツにはあった。それが、1stに収録されている『ダンスナンバー』だ。
「誰かが決めた ステップなんて 関係ないんだ デタラメでいいよ」
「カッコ悪くたっていいよ そんな事問題じゃない 君のこと笑うやつは トーフにぶつかって死んじまえ!!」
早いリズムでそう叫ばれるこの歌は、あと一歩踏み出せない照れ屋な少年たちの心をあっさり動かした。
「一緒にみんなで踊って騒ごうよ」と僕が100回言うより、この歌一発でみんな簡単に羞恥心を捨てる。まるで、自分の力でみんなを動かしているような錯覚さえ感じ、僕は音楽の力に益々魅せられた。
そうして上尾市の子どもたちは、麻雀とブルーハーツにのめり込んでいった。
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