第11話 学園に君がいる その2

 午前の授業が終わる頃、シオンこと花子はげんなりとしていた。二日目でも花子の優れた容姿や転校生という話題性は衰えることを知らない。隣のクラスどころか一年や上級生まで廊下から覗きに来る。

 あまりのせわしなさに花子には授業のほうが休憩時間のようなものだった。それを隣で見ていたシゲは周囲を止められない己の無力を痛感する。


「大丈夫? シオ……花子さん」

「大丈夫ですよシゲ。心配してくれてありがとう。でもちょっと疲れちゃいました」


 病み上がりを相手に皆、思いやりがないとシゲは嘆息した。かくいうシゲも周囲から見れば同じ病み上がりである。シゲの破天荒こそが病み上がりへの遠慮を取り払っていることを指摘する者がいれば、シゲは激しく後悔し今度は自主的に帰宅していたに違いない。だが幸か不幸かシゲにはそもそも話しかけてくる友人はほとんどいなかった。

 その数少ないうちの一人であるタケがシゲの元へとやってくる。その手には弁当箱。普通サイズに見えるがタケの身長を考慮するとかなり大きめだ。


「シゲー。飯にしよう」

「ん……昼飯にするのはいいんだけどさ。なんでいつもタケは俺の机に食いに来るんだ?」

「そりゃシゲの母君の作るお弁当のおかずがうまいからだなぁ」

「人の弁当にたかるな食いしん坊め。なんで横じゃなくて縦に伸びるんだお前は」


 いつものようにシゲとタケが無駄口を叩き合っていると、花子がその様子を興味深そうに観察していた。なんだか恥ずかしいがなんで見てるかと問うのも自意識過剰かと自問するシゲをよそに、タケは花子に話しかける。


「初めまして御園みそのさん、だっけ。ボクはタケ、よろしく。ボクら何か変だったかい?」

「いえ。変とかじゃないですよ。ただお友達と話すシゲが何だか新鮮で、ふふ。つい見ちゃっただけなんです」

「シオ……! ンン! 花子さん。俺は別にコイツだからこういう口調なだけで」


 うっかりシオンの名前を呼び掛けてシゲは咳をして誤魔化した。塩ってなんだ? と聞いてくるタケは当然無視する。

 慌てるシゲに花子は穏やかに笑いかけた。


「いいじゃないですか。憎まれ口を言い合う仲なんて羨ましいですよ」

「おいおいシゲ。羨ましいってさ。というかボクとしてはシゲが羨ましいね。花子さんとずいぶん親しいようじゃないか。君、いつの間にだ? 全くけしからんね」

「あー……それは」

「おんなじ病院にいたからっしょ? ねー! はなっち」


 シゲたちの会話に古小浦が割り込んでくる。まさかの乱入者にタケは緊張ですっかり口が回らなくなってしまった。


「あら、古小浦さん。どうしたんですか」

「花っちと一緒にご飯食べよと思ってさ! ウチの高校は食堂あるの知ってた? お弁当とかなかったら、一緒にどうかなって」

「いいですね! お弁当は持ってこなかったんです。購買で買い食いというのもやってみたかったので。でも食堂でお食事というのも魅力的ですね」

「花っちは病み上がりっしょ? 栄養あるもん食べたほうがいいって。ほら! 行こ行こ!」


 愛しの花子を連れ去られてしまいシゲは肩を落とす。まぁ相手が古小浦ということもありそれほど落胆しているわけでもない。友達が増えるのはいいことである。何より栄養をしっかり取るのは大事だ。

 連れて行ったのがイケメンだったならばシゲは心の中であらん限りの罵詈雑言を吐き捨てただろうが。


 古小浦がいなくなってタケははぁーと大きく息を吐いた。


「び、びっくりしたなぁ。古小浦さん、いきなりくるんだもんなぁ」

「タケはもう少し落ち着け。な?」

「なんだいシゲ。だって似たようなものだったくせに、勝手に一人で行ってしまって悲しいなぁボクは。チキンハートはどこにいったんだい」


 何を勝手に同類扱いしてくれているんだとシゲは眉をひそめる。シゲは断じて情けなさから色恋ができなかったわけではない。他人と違う自分が悟られる恐ろしさからできなかっただけだ。事情を知らないからそんなことを言うのだと思うが、事情を知られたくはないので議論の使用もない。

 しかしチキンハート。心臓か。


「あー……そんなもん取っちまったよ」

「おいおい。代わりに何詰め仕込んだんだ。綿か? 石ころか?」

「希望と恋と情熱だ」

「どれもすぐに終わっちまいそうだねぇ」

「やかましいわ」


 弁当を食い始めるとシゲの弁当から、タケがひょいとから揚げをひったくる。お返しにシゲはタケの肉巻きを奪った。そんな奪い合いばかりしているので、互いの弁当のおかずの半分は相手が食べているようなものである。

 間接キスじゃないかなどという指摘は二人の耳には入らない。互いに唾飛ばしあって罵倒する間柄、関節キスなどよりも飛んできた唾の方が多いというものだ。


「おい、タケ! 食い過ぎだこの野郎、お前の方が飯多いだろうが!」

「舌馬鹿のシゲが食うより俺においしくいただかれた方がシゲの母君も嬉しいだろうよ」

「俺のどこが舌馬鹿だ。ならお前は栄養馬鹿だ。どこまでにょきにょき伸びる気だコラ」


 今日も教室に二人の罵倒が響く。

 ……そんな二人が一部では付き合っていると誤解されたこともあるのだが、知らぬが仏だろう。

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