第41話 意外な協力者
「もし、そこの方。もし。今日か昨日あたりにこの写真の二人組を見ませんでしたか?」
黒服のスーツを着込んだ男が一人の少女に語り掛けていた。少女は高校生ほどに見える。まだ午後三時のお昼どきだというのに学校へ行っていない。見れば制服を着崩し髪を染め、外したイヤホンからはジャカジャカと大音量で音楽を流していた。いわゆる不良である。
少女は胡乱気な目で黒服の見せてきた写真を見た。そこに写っているのは少女と同い年くらいに見える男女だ。制服を着ており少女の着崩している制服によく似ていた。
「んー? はい? なんすっか? えー……これ、この近くすか? 見てないっすねー。てかお兄さんかっこよくなーい!? ね! カラオケ行こよカラオケ!」
「は、ははは。すいません、仕事中で……ご協力感謝します」
見せた写真を懐にしまい黒服の男は去っていく。話を聞いていた不良少女は「またねー」と手を振り、その背を見送る。姿が見えなくなるとニヤと笑みをこぼし、すぐ側のビルの下で待っている男の元へと向かった。
「いんやー、ご協力感謝はこっちの台詞っすよねー。ねぇ、高良山ぼっちゃん」
「
そこにいたのはシゲの後輩の
「いやー。でもよかったすんすか? 高良山パイセン」
「パイセンって……まぁ、ぼっちゃんよりはいいか。何がかな?」
「いやパイセンってシゲ先輩の恋敵じゃないっすかー、なのに逃亡を手助けするような真似してよかったのかってことっす」
「ははは、構わないよ。オレはどっちに転んだっていいからね。御園礼二が落ちるならそれは我が家にとってその椅子を奪い取る最大のチャンスだ。恩を売ったところで上下関係は変わらないし、それに手助けしておいた方が後で花子さんとの関係が良好になるからね。危ない目に遭いそうになったら身分を明かすまでさ。そのときはここぞというときに密告するつもりだったとでも言い訳しようか」
「うわぁ。怖い人っすねー、それを利用しちゃう花子パイセンもヤバいっす」
オミはあははと笑い、八つ橋を口に運んだ。
「学校サボって、京都! こんな贅沢二度とないっす! 今頃シゲ先輩たちは江の島でしたっけ? 絶対こっちのがいいっすよ」
そう。二人がいるのは古都、京都である。尾美に関しては二年の修学旅行先が京都なのでネタバレと言うべき先取りをしているわけだが、本人は対して気にしている様子もない。
「麻衣子さん、君は将来大物になるな……オレのことより君はどうなんだい。どうして彼らの逃亡を手助けするんだ。もしかしてシゲくんが好きなのかな?」
「おぇ」
「おえ!?」
「ああ、いや。すいません。ちょっとシゲ先輩とそういうこと結び付けられると吐き気が……」
「おいおい辛辣すぎるんじゃないか!? シゲくんが可哀そうだろう」
高良山がドン引きしていると、オミは髪の毛を弄りながら語り出した。
「あー、その。違うんすよ。高良山パイセン。実は、シゲ先輩が死んだ兄貴によく似てまして」
「おや、お兄様と。しかしすでに亡くなっているとは……ご愁傷様だったね」
「いえ。別に死んだのは小学生のときですし、まぁそのとき兄貴がちょうどシゲ先輩くらいだったんすよ」
オミはくるくると指に引っ掛けた髪の毛を指を引いて解き、それを巻き取って解くを繰り返す。すぐには言い出しにくいことなのか、高良山が言わなくていいと止めようとする前にまた語り出した。
「……うちの家、兄と私だけで借金まであったんすよ。それで、まぁ高校も行かずに兄貴は働いてお金返してました。私のことを引き取りたいって家もあったんすけど兄貴がそれはしないって言ってくれてて」
高良山は黙り込む。この手の話には何を言っていいのかわからなくなるのだ。自分はそうならなくてよかったと安堵することもなく、またそうなった相手を見下すこともしない。ただ自分が恵まれていることに少しだけ申し訳なさを感じてしまう。
「そんな兄貴がいきなり私のこと養子に出したんすよ。ちょっと疲れてるみたいだったんで一時の気の迷いかと思ったんすけど、これがひどいことばかり言ってくるんです。お前のせいで自由になれないだの、お荷物だのなんだの。もう喧嘩別れしました。だいぶ後で知ったんすけどね、兄貴ガンだったんすよ」
「……それは、その。なんと言っていいか」
あまりにも重い内容に高良山は言葉を失う。基本的に高良山の関わる人間は成功した人間だ。大抵は途中に苦労はしても現状では成功している。結果成功しているわけだから相手のことを尋ねるのに抵抗を持っていなかった。
もう迂闊に他人の過去に踏み込むまいと高良山は悔い改める。オミは独白する。普段の口調も忘れている。
「私、後悔しました。病気のこと隠して兄貴は自分に保険金かけて、さっさとくたばって借金も返済して……そんな解決の仕方なんて望んでなかった。シゲ先輩には自分を犠牲にして全て解決するみたいなことして欲しくないんですよ」
オミはそう言って笑った。どこか遠くを見つめるオミの視線の先に誰を見ているのだろうか。高良山は彼女を哀れに思う。それと同時に、そんな境遇で育ってきたのに他者を思いやれる心を持つ少女に心惹かれている己がいることを自覚していた。
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