第27話 決意を打ち壊す無情
「やぁ、シゲくん。待っていたよ」
下校しようとしたシゲを校門で待ち構えていたのはシオンの元婚約者、高良山だった。シオンとの恋に決意を固めた途端にこれである。シゲは顔を引きつらせるが露骨に嫌な顔はしない。高良山には恩もあったので、殊更複雑な感情だった。
「シ……花子さんならもう帰ったと思いますよ、高良山さん」
「おいおい。聞いてなかったのかい。君を待っていたんだ」
聞き間違いかと思ったがそうではないのか、とシゲは改めて高良山と向き合う。イケメンでないことだけが幸いか。シゲはイケメンが大嫌いである。ただでさえちっぽけな自尊心を顔だけでへし折ってくる連中が恨めしい。高良山の気にくわないところは若干シゲの身長よりも高いことくらいか。
決して低くはないはずなのだが、身の回りには背の高い人ばかりなことがシゲの悩みどころだった。見下ろされるほどの身長差はないのでシゲは努めて丁寧に話した。
「あー……俺なんかに何の御用ですかね。先日は、まぁ……その。ありがとうございました。高良山さんには助けられた恩はありますけど花子さん関連のことなら手伝いかねますよ?」
「じゃあ安心だ。聞きたいのは君のことだとも。ここじゃなんだ。どこか店に入らないか?」
「歩いてですか」
「まさか。車でだとも」
「えー……」
シゲは不満の声を漏らす。流石に恋敵の車に乗るのは恐怖が勝る。拉致までとはいかなくとも何かしらの怖い目に合う予感しかしない。高良山という男は実に公平で理知的な人物に見えるが、人の内面など誰にもわからぬものだ。
そんな不安を読み取ってか、高良山は自らの顎を撫でて唸った。
「ふむ、嫌か。リムジンの乗り心地でも味わってもらいたいところだったが、まぁたまには歩いてカフェにでも入ろうじゃないか。それでいいねシゲくん」
「ええ。それで大丈夫です」
正直、こんな白スーツの男と並んで歩くのは御免被りたいところだが、拒めばそれこそ車へ直行だ。シゲは警察に職質でもされればいいのにと心の中で唾を吐いていたが、ぶらぶらとカフェが見当たるまで二人は世間話に興じた。
「あれから大丈夫だったかい。君が取り乱したこと噂になってないかい?」
「ご心配どうも。まぁちらほら噂にはなってるっぽいですけど、俺のことを知ってる生徒のほうが少ないですから。もし聞かれてもすっとぼければいいですし。問題ないですよ」
「おやおや、友人が少ないのかい? もったいないな。こんなに面白いのに」
「……高良山さん、喧嘩売ってます?」
「そんなことはないとも。つまらない男にわざわざ話す時間を作るほど暇じゃないさ」
褒められているようだが、シゲは全く嬉しくない。上からのお褒めの言葉などシゲからすれば同情に近いものだ。逆に明らかに下の相手から褒められても嬉しくない。同級生から褒められても社交辞令だと一笑に付す。
シゲはめんどくさい男なのだ。
「……そういう高良山さんのほうが面白い人ですけどねー」
「おや。嬉しいことを言ってくれるね、ありがとう。オレはどういうわけか人から馬鹿にしているような話し方をすると指摘されることが多くてね」
高良山は好意をありがたく受け取る男だった。すでにわかっていたことだが人間としてシゲは劣っていると自覚せざるを得ない。
そうこうしているうちにカフェを見つけた。シオンと行った店ではない、別の店だ。ありがたいとシゲは感謝する。シオンとの思い出の地に余計な雑念は持ち込みたくなかった。
夏の暑苦しい熱気の中だというのに高良山はホットコーヒーを注文する。シゲはアイスコーヒーを頼んだ。
店に入ってからは高良山は言葉少なだ。コーヒーが届いて二人して一服したところでようやく高良山が口を開いた。
「単刀直入に聞かせてくれ。シゲくん。君は何者だ?」
ドクンと心臓が大きく鼓動する。
まさか気づいたのか、かつて二つ心臓があったことに。
シゲはすぐに回答することができず、再びアイスコーヒーを口にする。喉を通って胃の中から冷却されてようやく冷や汗が止まった。慎重に言葉を選んでシゲは質問を返した。
「それは……どういう意味で?」
「先に謝罪しよう。君について調べさせてもらった。花子さんの想い人ということもあるが、君が抱えているものが気になってね。それでわからなかったことがあってね」
「わからなかった?」
シゲは首を捻る。なんだか話がかみ合わない。もしや心臓の話ではないのか。
「シゲくんの反応を見るに君自身も知らなそうだ。質問したのは迂闊だったかな。聞かなかったことにしてくれるかい?」
「いやいやいや。高良山さん、ここまで聞いておいてそれはないでしょう」
「まぁそりゃそうだね。全くもってその通り」
高良山はまたも顎を撫でている。そんなに撫でて角が削れるかと思ったが高良山の顎は割れていた。
そんな馬鹿なことを考える余裕まで生まれたシゲだったが、高良山の続く言葉で思わず素っ頓狂な声を上げた。
「シゲくんね、君の出生記録は偽造されているね」
「……はい?」
シゲは空いた口が塞がらない。
出生記録の偽造? なぜそんなことが?
「正確には改竄というべきかな。出生記録を辿っていきついた君の父親の名前を調べてみたようなんだけどね、全くのでたらめだった。そんな人物は存在しなかった」
「ま、待ってください。それはどういう?」
「つまり君の出生を調べられたら困る誰かがいるということだよ。それもウチの家が調べても情報を掴めない程のね」
「いや、いやいや。何かの間違いじゃないですか? それにまだ高良山さんと出会って三日ですよ」
「名前と顔と学校まで割れているんだから、おおよそは一日で事足りたと聞いてるよ」
シゲは今度は明確に嫌な顔をして引きつらせる。恐ろしい世の中だ。
高良山の話を信じるならシゲの父親は一体誰なのか。それが問題となる。シゲには皆目見当もつかない。しかし高良山は違った。
「シゲくん。余計なことを敢えて言おう。君は御園礼二……花子さんの父君の隠し子なんじゃないかい?」
「……は?」
「そう考えるとつじつまが合うんだよ。君のお母さんは御園礼二と同級生だったと調べはついている。随分、仲も良かったそうだ」
「待て、待ってください。一体、何を言ってるんです?」
「後から知って後悔するよりいいだろう? だからわざわざ伝えに来たんだ」
「いや、いい。結構です。俺は、聞きたくない」
シゲは否定する。頭の中でパズルのピースが埋まっていくのを必死に蹴散らかす。
――どうしてシゲの心臓提供の話が持ち上がった? どうして適合した?
やめろ。やめろやめろ。
――シゲの心臓が二つあることを何故知っていた? 後からではなく、最初から?
嘘だ。そんなことがあるわけが。
「君と花子さんは、腹違いの兄弟だ」
カランとグラスの氷が均衡を崩して均され、ぴったりと隙間を埋める。蝉の音が空っぽになった心を埋め尽くしていた。
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