第19話 放課後デート その2
夕暮れの公園に影が二つあった。一人はダラダラと滝のような汗を流す色白の少年、もう一人は汗を垂らしながらも凛とした佇まいでベンチで背筋を伸ばした少女。
少年――シゲは喉を鳴らして赤黒い炭酸水を呑み、声を上げた。
「あっっっつい!!」
「暑いですねー」
少女――シオンは同意を示すが、涼し気な顔をしている。やせ我慢というよりは精神性というべきか。暑さに逆らうことで無駄に体力を浪費するシゲに対して、体力を温存して暑さを受け流すシオン。
どちらにしても息苦しいまでの熱さ、病み上がりの少年少女がいるべき空間ではない。シゲがアイスを食べようと袋を漁っているとシオンが声を掛けた。
「シゲ―、私にも下さい」
「ん。ストレートティーだっけ?」
「シゲが飲んでるやつですよ」
びくとシゲは手を止める。確かに一口下さいとは言われていたが、まさか自らの手で渡せと言われるとは思わなかった。
どうにか諦めさせることはできないかと無理とは分かりつつ、シゲは説得を試みる。
「ああ、えっと。シオン? そのー、俺の飲みかけださしさ、間接キスというかなんというかね」
「私、気にしませんよ」
「いやそういう問題じゃ……」
「それとも気にして欲しいですか?」
うぐ、とシゲはまた固まった。
本音を言えば、気にして欲しい。シゲはシオンから好意を感じているが、恋人に向けるものではない。何をしても許してくれるだろうという子どもが親にいたずらをしかけるようなものものだ。それにシゲが優位に立ったことはない。今だって劣勢のままだ。
そうだとシゲは名案を閃いた。
「……はい。どうぞ」
「ふふ。ありがとうございます」
キャップを開けたままのペットボトルにシオンの唇が触れそうになる。だが途中でピタリと動きを止めた。
おかしい。シゲにしてはずいぶんあっさりと渡してきたとシオンは気づいた。そしてシオンは隣から妙な視線を感じる。
「……シゲ?」
「ん?」
「あの、そんなに見られていると飲みにくいのですが」
そう言ってシオンがもじもじとする。
考えてみれば簡単なことだった。シオンは手を繋がれただけでドキドキしてしまう照れ性だ。無理にやめさせようとしたってシゲじゃシオンに知恵比べで変えてない。ならシオンを恥ずかしがらせて止めさせればいいのだ。
「……んく」
「ちょ!?」
シゲの読みが浅かったのか、はたまたシオンが吹っ切れたのか。シオンはこくこくとペットボトルの中身を喉に通した。
そしてなぜか鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「……おいしいですね?」
「あれ? おいしそうだから飲んだんじゃないの?」
シゲが尋ねると、シオンは照れくさそうに言った。
「え、えっと。その……シゲが好きなものだから飲んでみようと。実は炭酸苦手で……」
苦手なものでも、相手の好きなモノを共有したいということだろうか。面と向かって言われるとなんだかこそばゆい。
だがふと、シゲはある話を思い出した。
二つあった心臓を片方提供すると決めたとき、シゲは臓器移植についていくらか調べたことがある。そのときに知った話。移植したことにより当人の好物が変わることがあるそうだ。それが臓器の元の持ち主の好物なのだという。
(シオンは、俺の臓器によって影響を受けている?)
「シゲ、そのアイスも食べましょう?」
「あ……ああ」
いや、いや。考え過ぎだ。
シゲは二つ入りのチューブアイスを取り出し、片方ををシオンに渡した。これもシゲの好物だ。いつだって食べたいものなのに今だけは食べることを躊躇った。
「うわ、溶けてます!」
シオンがアイスの口を開けると中身が飛び散り、珍しく困った顔をしている。シゲはそれを見て、ははと笑った。
そうだ。今はデート中。心配も不安も後でいい。
「こうやって食うんだよ」
シゲは取り口に噛り付きながら封を開けた。だが失敗して制服のズボンに垂れる。二人で、「あ」と声が被った。
シオンは耐えきれず、クスクス笑い出す。
「ふふ、シゲ? 失敗してますよ」
「こ、こういうこともあるよなー」
「かっこつけたのに?」
シゲはそっぽ向いてアイスを吸う。いつもの味だ。ちょっと溶けているのが残念だが、やはりうまいものはうまい。溶けていたことも相まってシゲは一息に半分くらい食べてしまった。
その様子を見ていたシオンもアイスを吸って、顔を綻ばす。
「あ、おいしいです!」
「そりゃよかったよ」
タケとはたまにこうして買い食いする。だが女の子とこうして買い食いするのはドキドキするものだ。それが好きな相手ならなおさら。
その子から逃げないでください。
シゲの脳裏にオミの言葉が不意に蘇る。シオンはよくクラスの中心にいる女子グループと仲良くしているが、本当の自分を出せているのだろうか。シオンは自分を偽ることに慣れている。シゲ以外でその偽りの仮面を外しているところを見たことが無い。
心のよりどころがシオンには足りていないのではないか。そんなことに気が付いた。
そんな相手を遠ざけて、守ろうなんて言っていたんだなとぼんやり思う。
二羽のカラスが夕暮れに溶けて見えなくなっていく。シゲはシオンの指先でシオンの指に触れた。ぴくとシオンが反応するが、その反応にシゲの方が大きくびくりと動く。ふふと笑ったシオンは指を絡ませる。
握るまで行かない中途半端な絡め指。歪な二人のでこぼこが重なっていた。
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