第18話 放課後デート その1

「シゲ! シゲ! コンビニってすごいですね! 何でも買えちゃいます!」


 放課後デートでコンビニに立ち寄ったシゲとシオン。シオンはまるでショーウィンドウに並ぶドレスを見るかのように目を輝かせていた。コンビニでおおはしゃぎする高校生はなかなか珍しいだろう。どうやってシオンをエスコートすればいいのかと自問していたシゲだったが、どうやら考え過ぎだったようだと肩の荷を下ろした。


 シオンはついこの間まで病床で過ごしていたわけで、シゲが当たり前に享受している日常はシオンにとっては目新しいものばかりだ。そう考えれば彼女のはしゃぎようを馬鹿にはできないが……。

 シゲは飲み物をカゴに入れながらシオンに問いかけた。


「シオン、もしかしてコンビニ初めて?」

「ええ! 入ってみたかったんですけど、一人で入るのはためらってしまって」

「コンビニに入るのにためらう……?」


 もじもじするシオンにシゲは困惑の表情を浮かべる。やりたいことを我慢するのは損だと言っていたいのはどの口だろうか。そんな意地悪は言わないが、シオンにとっての敷居の高さはシゲには測りかねるものだった。


「もう、シゲ。そんな馬鹿にしたような視線をしないでください。傷つきますよ?」

「いやそんなつもりはないよ、本当に。ただびっくりしたかな……というか病院内でもコンビニあったよね?」

「私、欲しいものは買ってきてもらっていたので」


 思った以上に箱入りだったシオンに、シゲは驚く。メイドか執事でもいるのだろうか。病院でシゲが朝に訪れていたときにはそんな人には一度もあったことがない。踏み込んでいいラインなのか微妙だったので、シゲはそれとなく探りを入れるに踏みとどまった。


「えっと……それはお母さんに?」

「ふふ、そうですね。お母さんに買ってきてもらうこともありましたけど、執事さんがいるんです」


 男だったとシゲはちょっと苦い顔をする。こういうのは大抵、面の良い男なのだ。シゲはイケメンが大嫌いだ。きっとお屋敷の執事なくらいだから頭もいいのだろう。何一つ勝てる要素を見い出せない。

 みるみるうちに元気のなくなっていくシゲに、シオンは全く、と嘆息する。


「何を心配してるんですかシゲ。うちの執事はもうだいぶお年のおじいちゃんですよ。病院では私が午後に来てもらうようにお願いしてましたから、シゲはあったことないんですね」

「あ、ああ。そういうね……」


 余計な心配だったとシゲは額の汗を拭った。ちょっとした緊張で汗をかいたというのもあるが、外は午後でもむせるような蒸し暑さだ。

 冷たいものでも買おうかとシゲがアイスコーナーを見ていると、シオンが興味津々に商品を見ていた。


「シオンも買う? どのアイスが好き?」

「私はティラミスが好きですね。前にうっかりブランデー入りのものを口にしてしまったことがあるのですが、アレはおいしかったです……でも子どもは食べちゃ駄目なんですから、もう。大人はズルいです」

「ブランデーって、なんだっけ……果実……?」

「ふふ、当たらずとも遠からずです。白ぶどうといった原料の洋酒、お酒ですよ」


 ああ、酒かとシゲはうんうんとうなづく。だがそんなうまいものだろうかとシゲは首を傾げる。前にこっそり母親の酒をこっそり舐めたことがあったが、とてもうまいといえるものではなかったと記憶していた。

 まぁ、何はともあれまだ二人とも高校二年生である。酒のおいしさを感じるには早すぎる年頃だ。知るのはちゃんと成人してからでいい。


「まぁ、でもティラミスはちょどよさげなのはちょっとないかな……ケースで買ってもいいけど食べる場所探してる間に溶けちゃいそうだし。これとかどう?」

「シゲ……それ、どうやって食べるんです?」

「ああ。上のほうちぎってさ、握って中のアイス押し出して食べるんだよ」


 シゲの手にあるのは二つ入りのチューブ型アイスだ。瓶を模した形状が何とも清涼感に溢れている。シゲの好物で帰りにはよくコレを買っていた。

 説明を聞いて興味を持ったのか、シオンはこくこくとうなづく。


「いいですね! それにしましょう! あと、飲み物も買いましょうか」

「俺はもう買ったよ」

「私もそれにします」

「え。いや、止めといたほうがいいと思うよ? コレは人によって合う合わないがあるから」


 知的飲料水をシゲはシオンの手から遠ざける。シゲ個人の味覚としては杏仁豆腐の液体に炭酸を混ぜたような味だ。杏仁豆腐も炭酸も好きなシゲには好きな部類の飲料水だが、別々に食べたい人にとっては地獄のような組み合わせかもしれない。


「じゃあ後で一口下さいね」

「え」

「私はストレートティーにします。あ! このチョコおいしそうです」


 シゲの困惑の声を聞き流し、シオンはポンポンと買い物カゴに商品を入れている。気づけば籠が割と重くなっていた。こういう値段を考えてないところはお嬢様感があるというか、なんというか。


「こ、このぐらいにしておこうシオン……これ持って歩くんだよ?」

「そう、ですね……うーん。名残惜しいです」


 まだ商品に目移りしているシオンをよそにシゲはさっさと会計を済ませる。心臓移植で提供したときの金があってよかったとシゲは内心ひやひやしていた。


「シゲ、私のぶんも払ってくれたんですか? いけません、私の分払います!」

「いいよいいよ。でも手加減はして欲しいかも」


 正直、まだまだ余裕はあるがそれを明かすわけにもいかないのでシゲはそう言っておく。熱い夕暮れの夏空の下、二人でアイスをちゅうちゅうして食べる。


 夏だな、とシゲは感じていた。

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