第36話 おお、カミよ。なぜ
礼二によって与えられた三日という命の猶予、シゲは一日目を惰眠で潰した。
馬鹿ではないだろうか。いくら意気消沈していたからとはいえコレはないだろうとシゲ自身呆れている。ただ違うのだ。帰宅してから何か親孝行しようと母親に気を使ったら熱でもあるのかとベットに寝かされたわけで、そのまま寝落ちて次の日になっていた。しまいにはまだ調子が悪そうだとシゲが母親に看病される側となっており、断ることもできずベットで安眠していたわけである。
おかげでぐっすりだ。徹夜で勉強しようとしたのにうっかりベットで寝落ちたときの心境とでも言えばいいだろうか。焦りと爽快感の混在したカオスな心境だった。
シゲの母も仕事に行ってしまい一人きり、どうしようかと考えているうちにまた寝落ちたりしてもう時計の針は六時を過ぎていた。
シゲはぼそりと呟く。
「……学校、休んじゃったな」
シオンと話せる機会を自ら減らしてしまったとシゲは悔んだ。シオンの父に殺されるのだから、少し顔を合わせにくいという感情もある。ただそれでも死ぬぎりぎりまでシオンと言葉を交わしていたい。
正直、シゲは礼二に言われるままに死ぬ気にはなれなかった。どこか隙を見て逃げ出せないかと気を伺っている。とはいえそう簡単に逃がしてくれるわけもないわけで。窓を覗けばマンションの前は車が止められており、確実に見張られている。コンビニに出ただけでも追いかけられたときは流石にうんざりした。
死にたくはないが、シゲの死にはシオンを自由にするという意義がある。それ故にどこか諦めてしまっていることもまた確かだった。なのに逃げ出したいという気持ちもまだ捨てられない。
かつては早く死にたいと思っていたあの頃の自分はもういないというのに。
不意にインターホンが鳴った。誰かと思いシゲが通話画面を覗くとそこにはシオンが映っている。シゲの心臓が大きく跳ねた。会いたかったはずなのにいざ現れると尻込みしてしまう。ここで通話にでなければまたエントランスで待ち続けてしまうだろう。シゲはすぐに通話を繋げた。
「し、シオン。どうしたんだ?」
どうしたんだと聞くときは人はだいたい自分がどうかしている場合が多い。シゲもその枠から漏れなかった。
「あ、シゲですか? 風邪だって聞いたので色々持ってきたんです。入れてくれませんか?」
「あー……うん。わかった、今開けるよ」
シオンを門前払いするなどシゲにできるわけもない。シゲはドアを開けた。通話が途切れるときに後ろに誰かいた気もするが、他の階の住民だろうか。寝巻のままだったのでせめてと上を羽織る。
すぐに玄関でインターホンが鳴り、シゲはドアを開けた。
「シゲ!」
「おおう!?」
ばっと飛び込んできたシオンがシゲの胸に抱きついてきた。熱烈な挨拶に面を食らったシゲだったが、それ以上にシオンの背後にいた人物に気を取られる。それはつい先日名前を覚えたばかりの男、
「よ、小堂。調子どうだよ」
「お、おう……元気だけど、なんで柴山がシオ……花子さんと? どういう組み合わせだ」
「説明は後です。シゲ、脱いでください」
「え? は!? え、ちょ、シオン!?」
シオンに寝巻を引っ張られてシゲは困惑する。さらに困惑するのは柴山が服を脱ぎ出していることだった。
制服ならシゲ自身の制服があるだろうに。どういう状況だコレは。まさかシオンに暖色同士を見る趣味があるとかだろうか。ゾッとしたシゲは抵抗しようとするが思いのほか力の強いシオンに上を脱がされてしまった。
どうにか止めようとシゲは二人きりのときだけの呼び名という決まり事さえ忘れてシオンと名を呼んだ。
「は、話し合おうシオン! 何をしようとしてるんだ!? 俺は男に興味はないぞ!」
「シゲこそ何勘違いしてるんですか!? 違いますよ!」
「そうだぞ。俺、彼女持ちのケツには興味ねぇし」
違うのかとシゲはほっと肩の力を抜く。ただ柴山のその言い分だと野郎のケツには興味があるみたいだなと感じたが、指摘した方が知らなくていいことを知ってしまいそうだとシゲは努めて無視した。
「柴山さんの服に着替えて下さい。サイズは学校指定なのでシゲと同じ体格の柴山さんならぴったりになるはずです」
「う、うん? 着替える? どうし――」
そこまで言葉にしてシゲははっとする。まさか、シオンは。
「ええ、シゲ。私は全部、知っています。シゲが父に脅されたことも、シゲが殺されるかもしれないことも……だから逃げます。一緒に」
「だ、駄目だ! そんなことしたらシオンがどんな目にあわされるか!」
「シゲ、あの人が心臓を必要としているのは移植が必要だからです……だから時間切れまでシゲが捕まらなければ、勝ちです」
時間切れ。それが何を意味するのかは口にするまでもない。だが、それじゃ今度はシオンに父親まで見限らせるようなことに……。
いいのかそれで。シゲが言葉を必死に探していると背後からヴィーンという音がなった。シゲの頭皮のすぐさま上を何かが走り、そして過ぎ去った後は妙にひんやりしているというか肌に風を感じる。ボトリと黒い何かが落ちてきた。
「……へ?」
それは髪の毛である。シゲの毛髪である。ならばそのあった場所には?
ちょんちょんと触れると髪があったはずの場所に髪がなかった。
「おい危ないだろ。手は下だ下」
「ちょ、え? は? あの、柴山? お前、え? ええ?」
「中途半端な変装では気づかれますので、柴山さんと同様の長さまで剃ります。シゲ、我慢してくださいね?」
言いたいことはたくさんあったのに、言葉が渋滞してシゲは何も言えない。代わりにその口からは悲鳴とも髪の断末魔とも言うべきうめき声が部屋中に木霊していた。
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