第6話 リ・スタート その1
真夏に片足を突っ込んでいても、朝は心地の良い風が吹いている。シゲは額に浮かべた球の汗を拭い校門をくぐった。
思わずシゲはため息を漏らす。高校に来るだけでこれである。二週間近くのブランクは大きかった。もちろん二つあった心臓を一つ取ったからというのもあるだろう。だが元より運動が苦手なシゲだ。以前から学校に来るだけでぐったりしていた。やはり運動不足の線が否めない。
「おお!? そこにいるのは、もしかしてシゲっち?」
グランドから声を掛けられてシゲは困惑する。シゲに声を掛けてくる友人は片手で数えられるほどしかいない。運動部に友人などいなかったはず。
シゲが後退りしながら顔を向けると、そこにいたのは同級生の
シゲは本当に自分に声を掛けたのかと名前を呼ばれたのにも関わらず、本当に自分に声をかけたのかと辺りを一度見渡した。
「お、おはよう古小浦さん」
「おはよー! どしたどしたそんなに後退っちゃって。驚かしちったかな? ごめんごめん」
「ああ、いや。謝ることなんて……」
シゲはしどろもどろに答える。シオンとの会話で女子と話すことに慣れつつあったシゲだが、心の準備もなしにいきなり話しかけられたものだからどうにも調子が出ない。
つまるところ、シゲはチキンハートの持ち主だった。
「てかシゲっち! もう体大丈夫なわけ!?」
「へ?」
「ほら! 入院してたとか言うじゃん。二週間も入院してたから、そんなひどい病気なのかって心配しちゃったよー」
ああ、そういえばそういうことになってたんだったか。
心臓が二つあることでいじめられたことのあるシゲだ。馬鹿正直に心臓二つあるので片方あげてきますなんて言わない。だが理由も説明せずにどう学校を休むかには頭を抱えた。
そこで母親に協力を得て病気で入院するという嘘をでっち上げたのだ。勝手にドナー提供を受けたことに母は怒っているのではないかとシゲは構えたが、意外なほどあっさりと引き受けてくれた。
もう少し詳細を詰めておくべきだったか。
「あー……うん。ちょっと長引いたけどばっちり完治したよ」
「ほんとに? 無茶しちゃ駄目だよ。なんかあったら言ってね、じゃ!」
それだけ言ってさっさと古小浦は練習に戻っていく。わざわざ声をかえてくれたことを喜ぶべきか、なんか切り上げるの早くないかと突っ込むべきか。シゲにはわからない。もやもやした気分を抱えたまま教室へ向かい、ガラガラと扉を開ける。するとシゲに気づいた男子が素っ頓狂な声を上げた。
「あっれぇ!?
大声にビクッとする小堂へ一斉に視線が集まる。そして皆席を立ってシゲを取り囲むように集まり出した。
「うそ、小堂くん?」
「入院してたんじゃなかったっけ」
「おいおい退院するなら教えろよーこいつー!」
温かい歓迎にシゲは当惑した。クラスメイトのほとんどは二言三言話したきりだ。それなのに随分馴れ馴れしいものである。だがちやほやされるのが嫌なはずもなくシゲは自然と頬が緩んでいた。
「あー……心配してくれてありがと、みんな」
「クラスメイトだし当たり前だろー?」
そこは友達じゃないのかとシゲは一瞬白けた気分になるが、友達と言われても複雑な気分になるに違いない。そう思えばシゲは笑顔でありがとうと返すことができた。
「なぁ、お前何の病気だったんだよ」
「ちょっと! そういうデリケートな質問は……」
踏み入った質問をしてくる無神経な芝頭の男子をクラスの委員長が注意する。悪い悪いと口で言うだけで彼はあまり何が悪いのか分かっていないようだった。
実際は病気じゃなかったこともそうだが、心臓が二つあったなんてことが知られるのは不味い。とはいえ何も答えなければ後でこの武骨な男からまた質問される可能性がある。なのでぼんやりとだけ答えることにした。
「ま、まぁ。そこは内緒で……別に人に移る病気だとかじゃないし、もう完治したから平気だよ」
ふーん、そうなのかと芝頭は聞いてきたくせに興味なさげである。
その芝狩りつくしてやろうか。
釈然としないシゲだったがとりあえずコレで追及されることはないだろうと肩の力を抜いた。
するとちょうどいいところに担任教師が教室に入ってくる。体育教師の
そして名簿を広げて確認するとあっと明らかにやってしまったという顔をする。シゲは母親に確認して登校した。つまり俺が登校することを伝え忘れた新井の伝達ミスだ。まだ新任の若い教師であるためか新井には結構抜けているところがあった。
「あー……おはよう小堂。体は大丈夫?」
「あー……はい。おはようございます、平気です」
「あらちゃんせんせー! 小堂くんが登校すること言ってませんでしたよねー!」
わざわざ言わないで置いたのにクラスの男子から野次が飛ぶ。
「そ、そーだったかなー」
とぼける新井先生にシゲは苦笑いする。だがおかげでちょっとだけいい気分だ。
今日はいい日だ。そう思って座席に着いたシゲは新井が手に持っていたプリントの束に今更気づく。嫌な予感がしているシゲに、隣の男子が「今日小テストだぞ」と耳打ちした。シゲは口元を一文字に結ぶ。
……やっぱり学校なんて大嫌いだ。
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