第43話 ほころびはある種の奇跡のような偶然の連続で

 タケこと多良部幹丈たらべ みきたけは懊悩していた。

 親友のシゲが危機にあるというのに何もできない自分に腹が立って仕方がない。御園花子によってもたらされた彼女の父親がシゲの心臓を狙っているという話を、タケはまず疑った。

 現代でそんな血なまぐさいことをまさか御園家当主がするはずがないと。だが校内新聞にあった御園家は遺伝性疾患で心臓が弱いものが多いこと、また花子自身がシゲの心臓を移植されているというのだから信じる他にない。それでもまだまさかという思いがあった。だが二人が逃亡してあからさまに学校へと聞き込みに来る黒服たちが花子が男子とともに行方不明だと騒ぐ声から真実味を増している。


 花子から逃げ出すという話は聞いていた。タケには一体、何ができるのだろう。タケの背丈では囮役になれない。できることはただ無事を祈るだけとは情けないとタケは校舎の屋上でただ一人嘆息していた。


「よ、多良部たらべ。相方がいないと元気ないな」

「柴山」


 屋上の扉を開けてやってきたのはつい最近話すようになったクラスメイト、柴山だ。野球部の丸刈りなバリバリの運動系、普段絡むようなタイプではない。聞けばシゲとも交流を持ったそうだ。というよりもシゲ経由で知り合ったと言うのが正しい。


「……あの二人は無事かねぇ……ボクは心配だよ、大いに心配だ」

「心配性だな、多良部。便りがないのがいい便りってやつだろ」


 意外と賢そうなことをいう柴山にタケは感心する。いや、失礼この上ないのだが柴山という男は普段の脊髄反射的に質問する無神経ささえなければ実は理知的な人物なのかもしれない。

 人間、見た目と中身は合致しないものだ。


「今朝はシゲたちをどこに逃がしたって黒服に相当詰められていただろう? 大丈夫だったかい」


 シゲはお見舞いに来た柴山と入れ替わって逃げ出し、監視対象が入れ替わっていると次の日になって黒服たちは知ったらしい。家から出た時点でも質問攻めにされたそうだが、高校も押し入ってきた黒服たちは何が何でも情報を引き出そうと必死だった。


「あー、アレは疲れたわ。花子さんに行き先は伝えないでおくって言われたときにはちょっとむっとしたもんだけどさ、実際聞かないでマジで正解だった。知ってたら秒でバレてたわ」

「おいおい。柴山、そこはしっかりしておくれよ」

「いやいや大真面目。嘘でもついて探すの混乱させてやろうと思ってたんだけどマジで無理。プロはやっぱ違うわ」

「へぇ、そうかい」


 タケは棒読みで返答した。そんなプロが入れ替わりに気づかなかったわけで間抜けだなと思ってしまう。心配し過ぎなだけなのではないかという気もするくらいだ。


「柴山は、その。するのかい? 囮」

「しなくていいって言われたけどな。やらないよりやっといたほうがいいだろ」


 返答に困ったタケは愛想笑いで返す。

 確かにやるとやらないでは可能性すら生まれない。だがタケの身長では化けようがないというのも事実。何よりうっかり囮になって行った先でシゲたちに遭遇しないとも限らない。そうなっては自分こそがシゲたちの居場所を漏洩する元凶となってしまうのだ。

 タケは考えれば考えるほど動けなくなる。


「多良部ー、羨ましいだろ。俺の彼女役はあの柏木先輩がやってくれるって言われてんだ」

「ああ。あの――」


 変人の、と口に出しそうになってタケは一つ咳をする。


「ンン。確かに美人だと思うね。羨ましい。近寄りがたい雰囲気がある人だね」

「だろー……って言ってもアレか。多良部は古小浦さんが好きだから他の女には興味ないんだっけか」

「な、ななな何を言うのかね。ははは」


 なぜバレたのだ。タケは目を泳がしながら必死に話題を逸らそうとするが何も思いつかない。ちょうどいいタイミングで着信が入る。タケがスマホを取り出すと知らない番号である。


「んん? 誰だろうね、この番号」

「どしたよ多良部。はよ出たほうがいいんじゃないのか」

「いやいや待ってくれたまえよ。確かに電話に出るのは簡単だが詐欺だとか迷惑メールだとかいうものがある。そういう類いじゃないかをしっかり吟味してから……」

「ぽちっとなってな」

「おい!?」


 柴山はちょんと通話ボタンを押してしまう。誰だ誰だと警戒しながらタケは電話に出た。


「あ、あー……もしもし。どなたさまで」

「もしもしばあちゃん? 俺だよ俺俺」

「くたばりたまえ詐欺野郎」


 耳元からスマホを遠ざけ通話を切ろうとしたタケに慌てて声がかかる。


「あー! 待て! 切るな、切るなって!」

「うん? その声は……まさかシゲか!?」

「他にタケに電話かけるもの好きな奴がいるかよ。まぁ、驚かせて悪かった。ちょっとそっちの様子を聞いておきたくてさ」


 タケは大声を出した口を手で塞ぎ、思わず辺りを見渡す。誰かに聞かれていたら大変だ。もはや柴山は仕方ないにしても声を抑えて会話を続けた。


「シゲお前、追われてるんだぞ!? 何かあったわけでもなさそうな口調だが、迂闊な行動をするな! 逃亡一日目でそんなナイーブになってどうする」

「うぐ、それは耳が痛い……まぁ、それはともかく柴山にありがとうって言いたくてな。伝えておいてくれないか?」


 タケは顔を上げて柴山に「ありがとうだとさ」と一言声を掛けて置く。親指を立ててぐっと見せてくるのはなんのマークなのだろう。タケには運動部の気分によるノリが分からなかった。

 もう一度耳をスマホに当てるとガタガタと音が聞こえてくる。この音は――。


「とにかく、タケ。俺は無事だ。心配かけてごめんな、じゃあ切るぞ」

「あ!? おい!?」


 ブツと通話を切られてタケはぐしゃぐしゃと頭をかく。言いたいことが山ほどあるというのに。ただ、まぁ元気そうだからよかったか。


「全く、元気な奴め」


 昼休みの終わりを告げるチャイムがなる。タケと柴山はそそくさと教室へと戻った。タケは席につくとシゲの通話中に聞こえてきた音を思い返す。知っている音だ。あの特徴的な音は確か――。


「……江ノ電」

「どしたん? タケっち?」

「うおぉおおおお!?」


 突如隣から声を掛けてきた古小浦にタケは椅子から転げ落ちる。いきなり隣に意中の相手がいるのは嬉しいがあまりに心臓に悪い。


「ど、どど。どうしたんで、す、かね。古小浦さん?」

「いやなんかエノデンとか呟いてたからさー。それって電車っしょ?」

「あ、ああうん、そう。で、んしゃが、その。好きでし……です。はい」

「そっかー。で? どして江ノ電?」

「き、気分というか。なんというか」


 タケは視線を逸らす。うっかり声に出してしまっていたのか。完全に無意識だった。


「……ふーん。そか、じゃ後でねー」

「後って、こ、古小浦さん? 授業始まるけど……」

「お花つんでくるんだけどー?」

「ああはい! ごめん! 気が回らなかった、ていうか、その」

「ははは! 別に怒ってないから気にしなくていいって!」


 教室から出ていく古小浦にタケは机に突っ伏して悶える。やってしまった、と。嫌われたらどうしようとうめく。


 呻き声のする教室を出ていった古小浦はトイレでスマホを開いて電話をかけていた。


「……あ、もしもしー? 花子っちのお父さん? アタシアタシ。古小浦です。家出した先、もしかしたら江の島かもしんなくてー。うん、うん。シゲっちの友達が江ノ電とかぼやいてたから多分? てか、いいの? ほんと? 家出の協力でアイドル事務所紹介とか流石にヤバくない? あはは! 娘さん思いですねー! ふふ。はい! はい! じゃ、お願いしますねー!」


 電話を切った古小浦は堪えきれず一人笑い出す。


 いつだって人気者でクラスの中心だった古小浦は花子の登場によって初めて二番目になった。そしたらどうだろう。周りがなんだか古小浦に冷たくなった。そして激しく嫉妬した。

 周りが冷たくて、そんな相手にどうして愛想を振りまかなきゃいけないのと人にやさしくできなくなった。花子をグループに取り入れてももやもやは晴れず、一層曇っていく。それがいきなり家出したと言う。目の上のたんこぶが消えた気分だった。愉快。ただただ痛快だった。

 それに娘思いの父親はお礼に最高のチケットを用意してくれる。


 古小浦は今、誰にだってやさしくできる気がした。


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