君にもう一つの心臓を
蒼瀬矢森(あおせやもり)
プロローグ
第1話 そうして彼は人間になった
真っ白なベットの上で
見渡せば辺りには多様な医療機器が並べられ、腕には幾本のチューブが繋げられている。
そうだ。ここは病院か。次第に記憶がはっきりしてきた。
はっとしたシゲは自分の心臓に手を当てる。ドクンドクンと心臓の鼓動が一つ伝わってきた。
「は、ははは」
シゲは笑った。
ようやくだ。ようやく、俺は――。
「やあ。小堂くん、気分はどうだい?」
シゲははっと顔を上げる。気づけばベットの横に執刀医の
春日井はぼさぼさ髪で似合ってない丸眼鏡をかけた、ぱっとしない壮年の男性だ。しかしよく見れば端正な顔立ちをしており、高身長も相まって長い時間をともに過ごすうち春日井に惚れる患者も少なくない。
だがシゲにそっちの気はなかった。どちらかと言えばイケメンをすべからく敵視するシゲにとってはできるだけ視界にいて欲しくない人物だと言える。だが今このときだけは別だった。
「最高です、春日井先生」
「いやいやいや。そんなこたぁないでしょ。心臓一つ取っちゃったんだよ、君?」
「それは大変ですね! そんなことしたら人間は死んじゃう……あ。俺は二つあるんだった! 俺は人間じゃなかったっけなー。あっはっは!」
そう言ってシゲが笑うとつられて春日井も笑った。はっとした春日井は眉根を寄せてわざとらしく咳をする。
「小堂くん。そういう自虐は感心しないな」
「あはは……すいません。いででで」
「ああ、ほら。手術したばかりなのにそんな大声出すから」
痛みで顔をしかめるシゲの肩を、春日井が「大丈夫?」とさすった。
「……心臓が二つあるとはいえ、よく臓器提供を受け入れてくれたね。かっこいいぞ、小堂くん」
「やめてくださいよ先生。いらないもの押し付けただけです」
「そんなこというもんじゃないよ。君は一人の少女の命を救ったんだから」
「少女?」
シゲが聞き返すと春日井は顔を一瞬引きつらせる。明らかにやってしまったという顔だ。
確かドナー提供した相手の情報は開示しちゃいけないんじゃなかったか。
「ほ、ほら! タオル持ってきたから拭いてあげるぞー!」
春日井はゴシゴシとタオルでシゲの顔を拭く。
誤魔化し方が雑にもほどがある。拭き方も雑だ。そういうのはナースさんにやってもらいたかった……。
「ほぉら。イケメンになった」
手鏡を渡されシゲは自分の顔を見る。相変わらず死んだ魚のような目をした男がそこにいた。病弱に見えるほど肌白いのも相まって、ドナー提供した側のはずがシゲ自身が病気で入院したように見える。
しけた面だ、全く。それでも一応はシゲはお礼を口にした。
「……せんせーありがとーございますー」
「まぁしばらくは安静にしてるんだよ小堂くん。二つ心臓があったわけだから、心臓の負担が二倍なわけだし」
「じゃあアレですね。心臓二つあったのに運動ダメダメの俺の心臓もらった子はハズレ引いちゃったわけですか」
「ドナーが見つかるのはそれだけで奇跡みたいなもんだよ。ハズレなんてことはない。この病室にはいないけど他の患者さんだっているんだ。発言には気をつけなさい」
今度は淡々と叱られてしまい、シゲは口を閉じる。自虐は他者を傷つけないためのシゲに許された唯一の暴力行為だ。それを封じられてしまうとシゲは口が回らない。
「とにかく、だ。小堂くん。君は実際に摘出して大丈夫かどうかわからない心臓を提供した。それは誇るべきことなんだよ」
「えー……春日井先生が大丈夫かどうかわかんないとか言わないで下さいよ」
「もちろんたくさん調べたり検証したりしたよ? 腎臓を取った場合とかいろいろ参考にしたりとかね。でも前例がないから、いくら調べたりシミュレーションしても限界があるねぇ。絶対ってことは世の中にないからさ」
かんらかんらと春日井は笑う。あっけらかんとしたものだ。命を預けたシゲとしては文句の一つも言いたくなる。それでもドナー提供を了承したわけだから、非はシゲにあるのかもしれないが。
「……ま、死んだって良かったですけどね」
「ん? 小堂くん、今何か言ったかい?」
「いえ何も」
軽く一言二言調子の確認をした後、春日井は病室を後にした。いなくなったことを確認するとシゲは大きくため息をつく。
「あぶね……口が滑った」
シゲは目を閉じる。
心臓が二つある男の子、生まれたときからシゲはメディアの絶好のネタだった。あることないこと散々喚かれた。実名で報道こそされなかったが特定しようとする輩はどこにだって湧いて出る。ときには信じて話した友人にバラされ、学校では化け物扱いされてきた。
その度転校して転校先でも同じようなこともあったり。高校ではまだそういうことは起きてないが、いつバレるともわからない。
できるだけ人との関わりをもたないようにしてきた。
「でも……」
でも、もう違う。もうシゲは心臓が一つになった。皆と同じになっている。
(ようやく俺は、人間になった)
鼓動する心音一つ。違和感は正直あった。だけど、初めからこうだったような気がしていた。
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