第8話 リ・スタート その3
放課後となり
基本この仕事は暇だ。本を借りにくる生徒はほとんどいないし、受付というよりは図書室で騒ぐ生徒を注意するのがシゲの仕事と言える。やることもないのでシゲは平積みされていた本を上から取って読む。一年生のときからこうして本を読んでいたためか、だんだんと読む本が厚くなってきていた。
「シゲ先輩、ちぃーっす」
見知った声だ。ぼけっとしていたシゲは声を掛けられ、のろのろと顔を上げて目の前の人物を確認する。茶髪のボブカット、着崩した制服。ギャルというほどではないがどことなくチャラい女子。図書委員の後輩の
シゲはやれやれとため息を吐く。
「オミ、また遅刻だ。たまにはちゃんと時間通り来いよ、図書委員なんだから」
「あはは! いいじゃないっすか。誰も来ないっすし」
ケラケラと笑いながらオミはシゲの隣に腰掛ける。そして慣れた手つきでスマホを取り出してポチポチとゲームをし始めた。一応シゲは形式的に口頭で注意するが、オミは気にも留めない。いつものことだった。
「てかシゲ先輩。最近見なかったすけど、どしたんすか?」
「入院してた」
「マジっすか!?」
オミが素っ頓狂な声を上げる。ああ、しまった。知らないんだったとシゲは背もたれに体重を預け、首に手を当てた。
「え? え!? どこ悪かったんすか! じゃ、私あれじゃないすか。病人に仕事させてた人じゃないっすか!」
「あーそうだな。オミちゃんさいてー」
「うわー! もー! 言ってくださいよー!」
バンバンとオミがシゲの背中を叩く。病み上がりと言っていたのを忘れたのだろうか。
「もう、言ってくれたらお見舞いくらい行ったのに―。もう大丈夫なんです?」
「大丈夫。ていうかお見舞いって……あー、尾美麻衣子で『おみまい』だから?」
「ソレ二度と言わないでください。シバキますよ?」
「お、おう……ごめん」
真顔で怖いことを言うオミに、シゲは反射的に謝罪する。名前を弄るのは確かによくなかったなと反省した。だが同じ委員会なだけなのにお見舞いと言い出すとは思わなかった。なんだか照れくさくてシゲは頭をかく。
オミは立ち上がり、やれやれと頭を振った。
「はー、もう……シゲ先輩はもう帰っていいっすよ。あとは私やっとくんで」
「え? いや、悪いって。そんな」
「じゃあそこで大人しくしてるっす、よ!」
オミは本棚に戻す本の山を抱える。意外と力持ちなことにシゲは驚いた。だが流石に量が多かったようでフラフラしている。シゲは本が倒れないように支えた。
「ちょ、いいっすよ。私やりますんで」
「いや危ないし。支えるくらいいいだろ?」
本音を言えばちょっとずつやれと言いたいシゲだが、委員会の仕事に遅れてやってくるオミのことだ。注意したところでめんどくさいからと一度にやろうとする。それならこうして手伝った方が効率的だ。
「ま、まぁ。それならいいっすけど」
ちまちまと二人で棚に本を戻す。シゲが手に取った本のラベルを見ると、一番上の棚に戻す本だった。よし任せろ……と言いたいシゲだが、残念なことにオミの方がシゲより背が高かった。
「ほら。シゲ先輩、それ戻すんでちょーだいっす」
「あ、うん。お願いします……」
「なに凹んでるんすか。身長なんて気にしても仕方ないっすよ」
「いや。大事だろ身長は。人権だし」
「何言ってんすか。身長よりも顔っすよ顔」
ルックスだと言い切った後輩にシゲは顔を引きつらせる。それはそれでどうなんだろうか。シゲの様子に気づいたオミは頬を膨らませた。
「なんすかシゲ先輩。何か文句でも」
「いや。別に……」
「先輩だって美人見ると目で追っちゃうとかあるっすよね」
「あー、それはまぁ。あるけど」
「シゲ先輩のとこにもいるでしょ。美人の……ここうら? 先輩でしたっけ。やっぱシゲ先輩も好きなんすか?」
「いや。美人だけどそういう好意はない、かな」
「えー? じゃあ誰が好きなんです?」
シゲの脳裏に浮かんだのはシオンの顔だ。退院して以来、連絡先は伝えたが一度も連絡がなかった。まだ三日だが、逆にいえばもう三日だ。病院に見舞いに行っても面会許可が下りるかもわからない。それにシオンだってじきに退院する。
「……深窓の令嬢、かな」
「うわー、なんすかソレ。童貞臭いっすね。そういうのって大抵美人じゃないっすか。シゲ先輩もめちゃ面食いじゃないっすか」
「違、いや。そうかも」
面食いと言われるとなんだか嫌味を言われている気がするが、否定すればシオンが美人じゃないと言ってるようなものだ。
「珍しいっすね。シゲ先輩なら絶対最初は逆張りしてくるのに」
「なんだよオミ。人が性格悪いみたいに」
「悪くはないっすよ。捻くれてるだけっす」
「なんだとコラ」
そうこうやり取りしているうちに本は全て棚へと戻った。オミはさっさと席に戻ってまたスマホゲームをやり始める。やれやれとシゲはその隣へと戻った。
考えてみれば女子と二人きりである。オミも女子のはずなのだが、どういうわけかシゲはオミに対して緊張したことが無い。オミをじっと観察する。その理由をシゲなりに考えてみると妹感が強いからではないかと気づく。
シゲの視線に気づいたのかオミが顔を上げた。
「何すかシゲ先輩」
「なんかオミって妹みたいだなって」
「えー? 可愛いってことすかー?」
「いや、駄目妹。
オミに本の背で頭をぶっ叩かれる。
名前弄りは良くない。さっき学んだはずだったのに、同じ轍を踏んだなとシゲは猛省した。
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