第23話 予期せぬ来訪者
最後の授業を終えるチャイムが鳴った。シオンが大きく伸びをする間に、シゲは小さくため息をつく。今朝の出来事があってからタケは口を聞いてくれない。今も視線が合ったのに無視して行ってしまった。
冷たい奴だと軽口を叩く気にもなれない。項垂れても仕方ないと帰りの準備をするシゲの半袖の裾を、シオンがちょいちょいと引っ張った。
「落ち込んでどうしたんです、シゲ。
「……うん。そうなんだけど、そんなに分かりやすかったかな。俺」
「ええ、とっても」
ぼりぼりとシゲは頭をかく。そんなにはっきりと肯定されると恥ずかしい。
うつむきがちなシゲの顔をシオンが覗き込む。サラサラした黒髪が垂れる様が綺麗だった。
「ちゃんと仲直りしなきゃ駄目ですよ? 喧嘩はよくありませんから」
「シオ……ンン。えっと、花子さん。普段の喧嘩ならそうしたほうがいいんだけどさ。今回ばかりはそうもいかなくて」
危うくシオンと呼びそうになってシゲは慌てて花子さんと言い直す。二人きりのときの呼び方だ。咳払いのせいで逆に隠しきれてない。シゲのそういうところにシオンは少しむっとしつつも相談に乗ろうと身を乗り出した。
「そうなんですか。どんな喧嘩を?」
「い、いや! それは……」
「言えないんですか?」
言えない。言えるわけがない。シゲは必死に思考を巡らせる。どう答えるのが正解なのだろう。タケに言わなかったのにシオンに話したら本末転倒どころではない。
「い、言えない。ごめん」
「あー……わかりました、例の秘密だったんですね」
得心が言ったというようにシオンが頷く。シオンもタケのように聞き出そうとしてくるのではないか、とシゲは不安に駆られる。
そんな怯えに気づいたのかシオンは笑った。
「大丈夫ですよ、シゲ。私は聞きませんから」
「う、うん。ありがとう。助かる」
「ふふ。お礼を言われることじゃないですよ。でも、いつかは話してくださいね」
シゲは顔を引きつらせる。いつかとはいつだ。
タケはもっと前からシゲが秘密を抱えていることに気づいていたはずだ。そう考えれば下手したら一年近く聞かないようにしていたことになる。よくそれだけ持ったものだ。ではいつまでシオンに秘密にすればいい。
同じ高校では噂が広まりやすいから大学生になってからか。タケ以上に待たせることになる。ならいっそ早めに打ち明けたほうがいいんじゃないのか。でもそれで嫌悪感を抱かれたらどうすればいい。
……やめよう。考えても答えは出ない。
「うん……いつかは話すよ」
「ええ。ふふ、じゃあ気晴らしにコンビニでも行きましょうか!」
「花子さんが行きたいだけじゃ……あとあんまお菓子ばっか食べると太――いや、何でもない!」
ギラリとした目つきになったシオンにシゲはばっと口を塞ぐがもう遅い。シオンはぐいと迫ってきた。
「シゲ今、太るって言おうとしましたね!?」
「違う違う! 食べ過ぎたらって意味で、シ、花子さんが太ったって意味じゃ」
「今度は太ったって言いましたね!? そういう言葉が出るってことはそう感じたからじゃないですか! ですよね、私太りましたよね……でも仕方ないじゃないですか! 今まで味の薄いご飯ばっかりだったんですから。ご飯がおいしいのがいけないんです!」
シオンはたいそうご乱心だった。
女子に太ったは地雷だとは聞いたことがあったがここまでとは、とシゲは苦笑いする。実際、シオンはちょっとふっくらしてきたなーと感じていた。別にシゲは多少太ったところで気にしない。というか大抵の男はそうではないだろうか。
気にし過ぎなのだ。自分が痩せるための運動なり鍛えるなりをしているならまだしも、していない努力を相手に求めるのは酷だというのがシゲの私見である。
何ならシオンは痩せぎすなくらいだった。太った方がいいとも言える。馬鹿正直にそう言っても火に油を注ぐだけだ。そのくらいはシゲにもわかる。だから神経を逆撫でしないようになだめることに注力した。
「お、落ち着いて花子さん。これまでが痩せすぎなくらいだったから全然そんなじゃないよ」
「うう……本当ですか? 信じますよ?」
珍しく弱気なシオンに、シゲはぞくぞくと嗜虐心が疼く。シゲはそんな感情が自分にあったことに驚いた。
「だ、大丈夫だよ」
「……なんか今、一瞬どもりませんでしたシゲ?」
「あはは……もうみんな帰っちゃったし帰ろうシオン」
「ちょ、待ってくださいシゲ! やっぱり太ったって思ってますよね!?」
そんな会話をしているうちにもう教室にはシゲとシオンの二人しかいない。シゲは鞄を持ってそそくさと教室を出た。シオンもその後に続く。シオンが追いつくとシゲは足並みを合わせた。
そうして二人が校舎から出ると校門に黒塗りの高級車が止まっている。なんだヤクザかとも勘繰ったが、シオンの家の車かもしれない。そう思ってシゲがシオンを横目に見ると何やら怖い顔をしている。
こんな顔をしているシオンはあまり記憶にない。
「どうした、シオ――」
「やあ、花子さん」
シゲの問いかけを遮る声が一つ。シゲがばっと振り返ると入り口を出てすぐの壁に背中を預ける男がいた。
見たところ大学生くらいだろうか。ワックスをこれでもかと塗りたくってテカテカとした髪、いかにも高級そうな白いスーツを見せびらし嫌味な感じを全開にしている。顔はそこまでイケメンじゃなかったのでシゲは安堵した。これでイケメンだったらシゲは舌打ちしていたかもしれない。
シオンは男を見るなり一歩距離を取る。それに気づいたシゲは二人の間に割って入った。
「ん? なんだい君は?」
「あー……人に名前を尋ねるときは自分からじゃないですかね」
「シゲ!」
シオンが喧嘩腰のシゲの服の袖を引く。だがシゲは引かない。シオンが嫌がっている相手にシゲが早々引き下がるわけにはいかなかった。
「ふむ、それもそうだな。オレは
「はじめまして、俺は
高良山が差し出した手をシゲはガッと掴んで握手する。敵意剥き出しのシゲに対して高良山はあまりにも無関心だった。
「も、もう。シゲったら」
シオンはシゲの発言を彼氏発言と取ったようでシゲの背でもじもじとしている。だが背後を見る余裕は今のシゲにはない。相手の真意を測ろうとシゲは唾を呑んで口を開く。
「その高良山さんが彼女にどのような要件なんです」
「なに、お茶でもしながらお話しようとね」
「私はあなたと話すことは何もありません」
「おいおい、そんなに冷たくしないで欲しいね。オレと花子さんの仲だろ」
「……嫌がってるだろ、やめろよ」
馴れ馴れしい態度にシゲは思わず口調が荒くなる。高良山は首に手を当て、ふうと息を吐いた。
「はぁ、シゲくんだったかな。花子さん、彼は知らないのかい?」
「知らないって……シ、花子さん。何のこと?」
「シゲは知らなくていいことですから」
「そんなことはないんじゃないかい。ボーイフレンドならなおさら」
「だから何だよ、何のことだ!」
シゲは高良山の態度にイライラを爆発させる。自分だけがわかっていない疎外感に耐えられなかった。いや、それが何かを薄々感じ取っていたからかもしれない。
高良山はなんてことのないように言った。
「オレはね、御園花子さんの婚約者だよ」
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