第二話 受け継がれるもの⑧~封印されしアレ~

 気絶したミカエルの頬をぺちぺちと叩けば、閉ざされていた瞼がゆっくりと開かれる。


「悪い、やり過ぎた。ちょっとテンション上がっちゃって……」


 だって首都圏外郭放水路なんだもん。そこでキックと来れば、そりゃぁ……ねぇ?


「貴方は本当に……母から聞いた通りの人ですね」


 諦めたように笑うミカエルが、そんな事を言い出した。


「なんて言ってたんだ?」

「よく言われましたよ……僕と姉が産まれたのは、貴方が戦いから遠ざけてくれたからだって」

「美化されても困るんだけどな」


 悪いけどエステル、それは俺を買い被り過ぎだ。それとそういう気恥ずかしいセリフは、息子じゃなくて本人の口から伝えるように。


「それに感謝されてるっていうなら、姉の方の態度は何なんだよ」

「父はその……最後の戦いに置いて行かれた事を恨んでましたから。その影響です」

「あー……」


 やっぱり恨まれてたか。


「それよりミカエル」

「ええ、わかっていますよ」


 ミカエルは立ち上がると、もう一度杖を構える。俺は両手で聖剣を握りしめ、この友人達の息子と向かい合い……。


「この一撃を救世の英雄に届けてみせ」

「すまん、聖剣返す!」


 深々と頭を下げた。


「え?」

「ん?」


 顔を上げれば、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたミカエルの表情があった。滅茶苦茶困ってるなこいつ。


「いやだから、お前達はこれを回収しに来たんだろ? だから返すよ、俺にはもう要らないから」

「えっと」


 無理矢理聖剣を押し付けるが、頑なにミカエルは受け取らない。


「いやだから、俺が処刑されるのってこいつを借りパクしたからなんだろ? だから返すって、高校生が持つ物じゃねえってこんな凶器」


 何が世界の嘆きだバカヤロー嘆きたいのは処刑されるかもしれない俺の方だ……なんて思っていたのだが。


「……何の話ですか?」


 どうやら俺の罪状は、そんな事では無かったらしい。







 とりあえず最寄駅の裏通りに転移した俺たちは、内緒話が出来そうな個室……という名のカラオケに二人で入った。ついでに小腹が空いたので適当にフードとドリンクを注文すれば、店員さんがすぐに届けてくれた。


「お待たせしました、山盛りフライドポテトとミックスピザに、コーラとオレンジジュースになります」


 女性の店員さんは俺とミカエルの顔を見合わせるなり、ちょっとだけ邪な笑顔を浮かべた。


「ご、ごゆっくり〜」


 男二人、カラオケボックス。何も起きない筈はなく……という訳で内緒話、と。あの店員さん絶対変な勘違いしてるな。


「不思議な場所ですね……飲食店なんですか?」


 室内と食べ物を見比べながら、素直な感想をミカエルが漏らす。


「いや、カラオケって言って歌を歌う場所なんだ」

「なんのために?」

「ストレス解消?」


 すまん、俺も付き合いでしか行かないからよくわからん。


「いいから食えよ、冷めたら不味いぞ」


 とりあえず財布の中身で手が届き、かつ男子高校生の腹を満たせそうな二品をミカエルに薦める。


 ミカエルがどう食べて良いか困っていたので、手掴みで口に放り込んで手本を示す。うーん、まぁまぁだなこのピザ。


「うっま……」


 が、ミカエルの感想は違った。ピザを一切れ頬張ると、夢中になってもう一切れに手を伸ばす。糖質とチーズとトマトソースとサラミの織りなすカロリーの暴力に、異世界人が勝てる訳なかったのだ。


「わかるよ、向こうの飯は不味いもんな……こっちも美味しいぞ」


 お次はフライドポテトを薦めるが、まだ信用していない模様。


「これは何ですか?」

「揚げた芋」

「芋って」


 露骨に芋を見下すミカエルの口にフライドポテトを放り込む。喰らえデブの素。


「うまっ!」


 つい先程まで見下していた芋を両手に掴み、次々と頬張るミカエル……そういえばエステルも大食いだったなぁ。そもそも彼女が妊娠してるって俺が気付いたのは、飯の量がさらに増えたからなんだよなぁ。


「で、なんでお前達は勇者を処刑したいんだ?」

「実は」


 右手にポテト、左手にピザを構えたミカエルは、それを口の中に仕舞うとオレンジジュースで流し込む。それからお絞りで手と口を拭いてから。


「すいません、僕にもわからないんです!」


 深々と頭を下げてきた。


「えー……」


 俺のポテトとピザ返せよもう。


「勇者様が処刑される理由は……実の所国王陛下と姫様しか知らないのです」

「その国王様って……」

「はい、アインス=エル=グランテリオス陛下です」

「やっぱりあいつだよなぁ……今頃四十過ぎたぐらいか?」


 まぁあいつだろうな、他にいないし。


「ええ、とてもそう見えない時はありますけどね」


 それは若すぎるって意味なのか、それとも老け顔って意味なのか……まぁどっちでも良いか、あいつの事は。


「しかし驚きましたよ、まさか勇者様が若返っていたなんて……やはりこちらの科学というのは恐ろしいですね」


 と、ここでミカエルが感心しながら壮大な勘違いを言葉にした。そんな魔法が存在しないように、そんな科学も存在しないというのに。


「いや若返ってないって、俺は転生したんだよ」

「テンセイ……って何ですか?」


 そこからか、異世界人には難しい概念だろうな確かに。


「えーっと、生まれ変わり……っていうのかな。ほら俺って向こうで死んだろ?」

「え?」


 え? って言われてもな。


「俺死んだよな?」


 じゃなかったらここにいないからな、俺は。


「その、父から伺った話なのですが」


 ミカエルは顎に手を当てながら、神妙な面持ちで言葉を続ける。


「世界中から魔物が消えてすぐ、勇者様の勝利を確信して陛下や父が魔王城へと向かったそうなのですが」

「死体があっただろ?」


 あの世界はゲームやアニメのように、死んだら光の粒になって宙を舞うとか、だんだん透明になってアイテムをドロップするとか、そういう類の現象は存在しない。夢も希望もない話だが、死んで残るのは死体だけだ。


「いえ、無かったようです」


 ええ、俺普通に死んでた筈だけどな。


「ですが異世界へと繋がる小さな穴があったので……そこを通ったものだと考えられていたんです」


 異世界、というのはこの地球を指しているのだろう。向こうから見れば異なるのはこっちだからな。


「ミカエルもそこを通ってこっちに来たのか?」

「ええ、人が通れる大きさになるまで十六年もかかりましたが」


 なるほどね、だからすぐに追いかけて来なかったって訳か。赤子の時に来られたら詰んでたかもな、俺。


 しかしミカエルの話では、不明瞭な点が一つあった。勇者の死体が無い、それはこの際どうでもいい。どうせ転生した時に何かあったんだろうと推測できるからだ。


「なぁ、一個聞きたいんだけどさ」


 俺がこいつに聞きたいのは。




「魔王の死体は……残っていたのか?」




 あの場所から消えていたのは、勇者だけだったのかと。


 もし魔王の亡骸も消えていたのなら、あいつもこの世界に――。


「すいません、僕もそこまでは」

「なんだよ使えねぇなぁ」


 思わず肩を落としてしまう。おうポテトも返せよポテトもよぉ。


「し、仕方ないじゃないですか……僕は魔法の適正があったせいで母に育てられたんですから! 父とは疎遠なんですよ」


 そんな家庭の事情を話されてもな。


「あ、でも姉さんなら知ってるかもしれませんね。僕とは違って武術が得意ですから……こっちに来る前に父から何か吹き込まれているかもしれませんよ?」


 笑顔でそんな事を教えてくれるミカエル。いや姉さんなら知ってるかもじゃなくてさ。


「お前聞いてこいよ」


 まっすぐとミカエルの目を見ながら、少し低い声で脅してやれば。


「あー……ど、どうして王家は勇者様を処刑したいんでしょうね!」


 目をそらし、露骨に話を切り替えるミカエル。どうやら姉との仲は微妙らしい……ま、そっちの話も大事だし乗っかってやるか。


「普通に考えて聖剣を持ち逃げしたからじゃないのか?」

「そういう話は聞いていませんね。それに転移した勇者様が聖剣を持っているなんて当然ですから、それが処刑の原因になるというのはどうにも……終わったらすぐ返す、なんて話もないですしね」

「成程ねぇ。他に持ち逃げして怒られそうなものは……」


 と、ここで昨日途中まで作成した例のリストについて思い出す。


「それってこの中にあると思う?」


 スマホのメモ帳を開いてミカエルに見せれば、目を細めて画面に触れる。


「これって、アルスフェリア全土にある宝物庫の中身の目録かなにかですか? 随分貴重な情報をお持ちなんですね、流石勇者様です」

「いや俺の異空庫の中身の五分の一」

 

 ミカエルの顔が一瞬で青くなり、思わず口を両手で抑える。あ、うん戻すならトイレでお願い。


「あ、悪かったよ……」

「それを見たら処刑もやむなしかもしれませんね……」


 その通りなので何も言えない。こういう時はあれだな、とりあえずあの曲入ってるかなーって調べるよな。わぁ、ガン●ムの曲沢山入ってるぞぉ。


「あ、それより『クライオニール英雄譚』! 今朝物凄いつまらないと言ってませんでしたか!?」


 と、ここで思い出したかのようにミカエルがそんな事を食い気味で聞いてきた。そういや発端それだったな。

 

「いや、物凄いつまらないなんて言ってない」


 物凄い、なんて言葉じゃ足りない。


「クッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ〜〜――ソつまらないって言ったんだ」


 クッソつまらない、言い換えるならば。


「一言で言えばカスだ」

「カ、カスゥ!?」

「ああ……カスだ!」


 カス、ゴミ、うんち。おおよそ想像できる暴言の全てが許されるレベルであの物語はつまらないんだ。


「そこまで言うのであれば、さぞこの世界の物語は素晴らしいんでしょうね」


 腕を組み鼻を鳴らしながら、ミカエルがそんな事を言い出す。




 ――かかったな、アホめが。




「その事なんだがな」


 俺は鞄から『アレ』を取り出し、三年間開かれることのなかった封印を解いた。そこにあったのは俺が産まれた年辺りにサポートが終了した二画面の古い携帯ゲーム機と充電器……それから差しっぱなしの一本のソフトがあった。


「こいつをお前に託そうと思う」


 何を隠そうこのゲームと本体のセットが『アレ』である。


「これは……手帳ですか?」

「待てミカエル!」


 触ろうとするミカエルの手を弾き、先にゲーム機を奪い取る。壁の近くのコンセントを拝借して電源を入れれば、ピコーンという電子音が室内に鳴り響いた。


 とりあえず初期化しとくか。


「こいつは父が偶然中古屋……じゃなくて、とある遺跡で発掘したアーティファクトでな。俺の家族を破滅の危機にまで貶めた大変に危険な物でもあるんだ」


 あの時は大変だった。このゲームを久しぶりに見つけた父が、つい本体ごと購入してしまったのだ。そこからはもうこのゲームを肌身離さず持ち歩き、しまいには食事中まで遊んでいて母さんブチギレ。当然である。


「危険な、物……」

「父さんだけじゃない……当時の被害者は実に十万人だ」


 それぐらい売れたらしいなこれ。


「じゅ、十万!? 地方都市丸ごとじゃないですか!」


 こっちの世界でゲームが十万本売れるというのは凄いことだが、異世界の感覚だとその数は凄いを通り越して有り得ない事だ。きっと災害みたいに思っている事だろう。


「だが異世界からやってきたお前に、この世界を実にわかりやすい形で教えてくれる大変に素晴らしい物でもあるんだ」


 ちなみにちょっとだけやったが、よく出来ていたのは本当だ。俺も危うくゲーム機に話しかけそうなになったからな。


「素晴らしい、物……なるほど、善にも悪にも転じうると。それを僕に?」

「お前ならやれるって……エステルの息子のお前なら、こいつを正しく使いこなしてくれるって。俺は信じてるよ」


 大丈夫できるできる本当本当嘘じゃないから。


「わかりました……受け継ぎましょう、この使命を」


 ミカエルは拳で胸を叩き、決意を新たに真っ直ぐと俺を見つめる。


「クライオニールの名に誓って」


 いや、そこまで気負わなくて良いから。


「じゃ、ソフト起動するね」


 さて。


 このゲームを知っている人間は俺達の世代には殆どいないだろう。だがあの時代、あの瞬間には十万人も居たんだ。


 ある者は『これが女子高生の匂いだから』とゲーム機に制汗スプレーをかけ、またある者はこう良い感じに次元の壁を越えるため綿棒を短く切ってみたり。


 このゲームに――いや『国民的カノジョ』に心を奪われた『漢』達が。


 というわけでタイトルコール、どうぞ。





『……NEWラブプ●ス+』

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