第四話 三億円事変①~勇者ドリームジャ●ボ~
地球上の誰かが呟いた――五千兆円欲しい、と。
だがそれは……所詮は現実逃避でしかない。国家予算の何十倍なんてものを、効率よく扱える庶民なんて存在しないのだから。
だが非課税の三億円は違う。
宝くじの一等の当選金と同額のそれは、まだ庶民の妄想の範囲内にあるのだ。家買おうかな、車買い替えようかな、それとも土地とか買ってみようかな。
どんなお楽しみをするかは人それぞれかも知らないが、三億円を手にしたらまず第一にやるべき事は決まっている。
――仕事を辞める、だ。
つまり三億円とは、『庶民的な暮らしを続けるなら一生働かなくても良いかな権』との引換券なのだ。そんな永遠の夏休みへの片道切符を目の前にぶら下げられた日本人は、SNSを見る限り。
・トレンド1位:出てこい勇者
・トレンド2位:三億
・トレンド3位:勇者ドリームジャ●ボ
……血眼になって勇者を探していた。
「いやぁ、盛況だね勇者探し」
相変わらずの通学バスに揺られていると、ヒナが俺のスマホを覗き込みながらそんな事を言い出す。
「そうですね……」
焦ってスマホを仕舞うものの、話題は何もネットの中に限った話ではない。乗客の生徒達は口々に勇者について語り合うのであった。
やれあいつが怪しいとか、やれこの間不思議な事があったとか、やれもしかして近くに勇者がいるんじゃないかとか。
……俺の事じゃないよな?
「あれ、ユウってば顔色悪いよ?」
「気のせいですよ?」
なんとか作り笑顔を返すものの、自分の顔色が悪い事が手に取るようにわかる。
「ねぇ、三億円」
そのあだ名はあんまりじゃない?
「……あったら何する?」
ヒナは悪戯っぽく笑いながら、俺にSNSのアンケート画面を見せて来た。題名はもちろん『三億円あったら何をしますか?』だ。家を買うとか宇宙旅行だとかキラキラした話題の中で一際鈍い輝きを放つ最後の選択肢を俺は迷わずタップする。
「……『無職になる』っと」
10万以上の回答の中で、実に92%が無職になるを選んでいた。まぁそうだよな。
「夢がないねぇ」
「あのなぁヒナ、みんな無職になるために血眼になってるんだから無職が一番夢があるに決まってるだろ」
「一理あるね……って詭弁だよそれは」
確かに詭弁だが、それはそうだが、勇者なんて辞めて無職になりたい俺としてはやはり一番夢があるのだ。
「私は……どうしよっかな」
ヒナが俺の顔を覗き込みながら、自分の唇に人差し指を当ててわざとらしく考えて込んで。
「思いつかないから……ユウに三億円稼いでもらって、養ってもらおうかな〜っ?」
それはつまり売られたくなかったら、その分働けって脅しですかね。
「……任せとけって」
まぁ、処刑されるよりはいいか。
教室に到着すると、最早俺の席は大量の生徒達で埋もれていた。
「アリエスさん、ほらこの人、この人勇者っぽいんだけど!」
「アリエス様! 見て下さい俺の従兄弟、なんか勇者みたいな感じしませんか!?」
「クライオニールさん! あの、私の父親勇者なんで処刑して下さい!」
アリエスの席にはクラスメイトが殺到し、スマホや印刷した写真をこれでもかと見せつけている。そりゃあ三億円チャンスだもんな、見逃さない手は無いよな。まぁ一人違うこと望んでる奴がいるけど。
「……静かにしろ!」
そんな様子を見かねたのか、アリエスが一喝する。クラスメイト達が自分の命令を聞いたのがそんなに嬉しかったのか、満足そうに鼻を鳴らして。
「いいか、ここに勇者の絵姿がある。せめて似ている奴を連れて来い」
それから彼女は異世界の勇者の絵が描かれた――まぁ昔の俺の姿のイラスト――を見せつける。俺の感覚としては今より少し体が成長して髪も長かったぐらいの印象なのだが、こう画風が異世界タッチというか顔濃いんだよなこれ。
「髪染めてるかも」
「いやいや、髪型ぐらい変えてるんじゃない?」
「髭とか生やしてるかも」
集まった生徒達はまぁ賞金首ならそうするだろうという案を口にする。いいぞもっと余計な情報を与えて捜査を撹乱しろ。
「それと!」
机をバンと強く叩いて、アリエスが言葉を続ける。
「勇者がアルスフェリアを旅立ったのは今から十六年前。そして魔王を討伐した当時は二十歳前後だったと言われている」
アリエスの言葉で分かった事がある。ミカエルは約束通り俺を売らなかったし、異世界側は相変わらず転移だと考えている事だ。
「わかったら三十代半ばの男を連れて来い!」
語気を強めるアリエスに、クラスメイト達が身を震わせる。いいぞそのまま勘違いしたまま異世界に帰ってくれ。
「でも転生してたら十六歳じゃね?」
おい誰だ今余計な事言った奴は。
「……転生?」
ほら、興味持っちゃったじゃん。
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