最終話 陽のあたる場所で君と小鳥の鳴き声を聞けたなら⑦~帰るべき場所~

 門を通った先にあったのは、俺の最期の場所だった。瓦礫と無数の剣戟の後と、血痕がそこら中に残っていて。


「十六年ぶりだな、ここ」


 そして変わらず魔王がいた。世界を恐怖の底へと叩き落としたあの四枚羽の恐怖の化身が、変わらずに佇んでいたから。


「参ったな」


 綺麗だなって思った。生まれて初めて見惚れた相手の顔は、この世の物とは思えないぐらい美しかった。


「久しぶりにお前の顔を見たけどさ」


 魔王の名前を俺は知らない。もしかしたら勇者と同じように、名前なんてない存在だったかもしれないけれど。


 いつかの笑い話を思い出す。もしも彼女に名前があるなら、そんな物は決まっていたから。


「――『ヒナ』って名前しか出てこないわ」





 聖剣を取り出し構えると、そのまま地面を強く蹴る。乾いた医師の床が割れる音が妙に耳に響いた。


「何が」


 一撃。必殺のそれが四枚の羽根に防がれる。だから間髪入れずに、二撃三撃目を放つ。


「魔王の」


 防ぎきれなかったのか、三撃目の袈裟斬りだけは彼女の手に受け止めれる――かかった。


「卵だよ!」


 至近距離で思いつく限りの魔法を展開し、その全てを彼女にぶつける。


「急に」


 逃げた先は、予想通り上だった。確かにアルスフェリアの勇者ならここでお手上げだったかも知れない。羽を持つ彼女を相手に、飛び上がる事しか知らなかったのだから。


「余計な設定を!」


 今は違う。空中戦? そんなものは嫌というほどゲームでやった。狂ったブースターを付けて時速二千キロで敵の巨大兵器に特攻してこいなんて事もあった。


「……無駄に増やしてんじゃ」


 魔法を組み合わせ、自分を押し出す推進力へと変える。そのまま彼女の頭上へと飛び上がり、真っ直ぐと剣を構える。


 それに気づいた彼女が、俺に向けて魔術を放つ。だがそんな直線的な動きなんて、ハードモードの時の弾幕と比べれば屁でもない。


「ねえええええええええええええええええええええええっ!」


 叫びながらそのまま彼女へと突き進む。まずはその邪魔な羽を……一つ!


 羽が切り裂かれた瞬間、彼女の顔が苦痛に歪んだ。


 ああ、本当に良かった。痛がるって事はまだ――理性が残っている証なのだから。


「ヒナ、聞こえるかヒナ!」


 まだ飛び続ける彼女に向かって叫ぶ。


「お前も知っての通り……この異世界はろくでもない!」


 もう一度高く飛べば、今度はこの世界がよく見えた。どこまでも続く荒野と、廃墟になったどこかの村。遠い地平線の先にはあの王国だってある。


「ネットもスマホもエアコンもない、飯もまずいし身分にうるさい、そのくせ手品に驚くバカばっかりで……取り柄は剣と魔法ぐらいだ!」


 東京の街と比べれば、ここには無いものだらけだ。朝起きれば暖かいコーヒーがあって、バスに乗って学校に行って。帰りはコンビニで買い食いして、その後は本屋にでも寄って。


「けどっ!」


 だけどいるんだ。大切な人達が、俺の兄弟達の亡骸がどこかにあるんだ。その世界での俺の両親だって……どこかにいるかも知れなくて。


 もう一度彼女が無数の魔法を展開すれば、俺は空中に足場を作って対峙する。手数の足りなさを補いたくて、異空庫から幾つもの武器を浮かべる。


「俺達の都合で……滅ぼしていい訳じゃないっ!」


 放たれた魔法の全てを、放った武器で相殺していく。世界に名だたる宝剣だろうがお構いなしに、次から次へと壊れていく。


 彼女の魔法を破った剣が、そのまま背中の羽を突き刺す。二本、三本四本。空の自由を奪われても彼女が自由落下していく。苦し紛れか最期の足掻きか、彼女は特大の黒い槍を生み出した。並の武器では歯が立たないなら――選択肢は一つだけだ。


 アルスフェリア=ハウルにありったけの魔力を込める。耐えられずにヒビが入るが、そんな事は構わない。だって俺は彼女の事を倒したいわけじゃ無いから。


「だから、帰るぞ!」


 聖剣は自壊しながら特大の頭身を形成する。どこまでも伸びる青い光は、いつかの憧れを少しだけ超えてくれて。


 放たれた槍に振り下ろした剣を合わせる。拮抗する二つの力が、互いの刀身を壊していく。そして最後は、世界の嘆きは……バラバラに砕け散った。


 これでいい、これでいいんだ。俺と彼女に必要だった物は、初めからこんな物じゃ無かったのだから。


 ポケットから指輪を取り出して、真っ直ぐと彼女に突き出す。


「勇者と魔王なんかじゃなくて」


 加速して彼女の体を抱え、右手で左の腕を掴む。必死に障壁を貼る彼女を、最後の魔力で押し潰す。


「『皆川ユウ』と『綾崎ヒナ』が当たり前にいられる」


 彼女の細く白い指が見えた。剣なんか握った事もなくて、血で汚れてなんかいない指が。


 そうだ彼女に、こんな世界は似合わないんだ。


 下らない事で泣いて、小さな事に腹を立てて。それでも今日は良い日だったと笑える、暖かなベッドで眠りにつく毎日を。


 そんな毎日を、俺は。




「俺達の……世界に!」




 君と歩いて行きたいんだ。

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