第六話 名前②~ツヴァイ~

「俺に名前をつけてくれたのは、同室だったツヴァイって奴でさ。年齢も一番上で、アインスの……今の王の双子の弟だったんだ」


 あの薄暗い牢屋を思い出す。王国の何処かにあった、陽の光が届かない薄暗いあの施設を。物心がついて、右も左も分からないまま基礎教育だけを受け、そのまま放り込まれた、ろくな思い出のない故郷を。


 そこで出会った、兄弟を。


「ふうん、じゃあそのアインスって人と似てたの?」

「見た目だけはな。アインスは自分が強くなる事しか考えてなかったよ。反対にツヴァイは……全員で助かる方法はないかって、甘い事ばかり考えていたよ」


 二人は見た目はそっくりだったが、性格は似ても似つかなかった。自分が強くなり、勇者になると信じて疑わなかった男と、誰一人殺したくなくて失敗作の烙印を押された男では。


「その二人は名前あったんだ」

「どうだろうな……俺に付けた時みたいに、勝手にツヴァイが付けたと思ってるよ」


 理由は単純、安直だからだ。


「他にも同室だった連中はいたけどさ……時が経つにつれて減っていって」


 最初は五人いた部屋も、どんどん誰かに殺されていって。


「最後に残った妹が、アインスに殺されてさ。それで決めたんだ……俺達のどっちだっていい、アインスを殺そうって」


 残ったのは俺達だけだった。そして最後に手を下したアインスを……俺達は憎んだ。


「復讐、か」

「ああ」


 その日から俺達は甘さを捨てた。眼前の名も無き兄弟を殺す事に、躊躇なんてしなくなった。殺して、殺して殺して殺して。


「それで結局生き残ったのは、アインスとツヴァイと俺の三人だ」


 俺が十二、三になる頃には、あれだけいた王の子供達は三人にまで減っていた。


「ユウ、強かったんだ」

「いや」


 ヒナの言葉に俺は首を横に振った。強くなかった訳じゃないけれど、それ以上の理由が俺にはあった。


「どういう訳か俺の継承魔術の発動率が高くてさ。兄弟なら二割程度のはずなんだけど……俺の場合、なぜか十割でさ」

「チートじゃん、それ」

「かもな」


 ヒナの気遣うような軽口に、不格好な笑顔を返す。結局どうして俺の発動率だけ高かったのかわからずじまいだ。あの場所に関わって生きている人間なんて、もう俺とあいつぐらいなのだから。


「ま、それで俺の数値の……魔力量の伸びが高くてな。最後の戦いを迎える頃には俺が五十万で、アインスとツヴァイが二十五万になってたな」

「じゃあ、ユウが二人を倒したの?」

「だったらアインスは王様なんてやってないだろ」

「あ、そっか」

「先にアインスとツヴァイが戦ったよ。二人共炎の魔法が得意だったから、お互い火傷を負った酷い戦いだったけれど」


 血を血で洗うという言葉があるが、あの戦いは火で火を洗うような戦いだった。その証拠にアインス=エル=グランテリオスの全身には、まだ火傷の痕が残っている。


「生き残ったのが今の国王様って訳だ」

「それがユーミリアの父親……」


 静かに頷く。あの時アインスが勝利しても、自分が冷静だった事だけは今でも良く覚えている。俺達が交わしたのは、どちらかがアインスを殺すという約束だったから。


「で、さぁて俺がアインスを殺してやろうとしたところで横槍が入ってさ」

「横槍?」

「ああ、前の国王……ユリウスって奴が現れて。片方を勇者に、片方を王様にするって言い出したんだ」


 激怒したのはまさしくその時だった。勇者だとか使命なんかより、横紙破りの方が余程悔しかったから。そのユリウスももういない、今はどこかの墓の下だ。


「なんでユウは王様じゃなかったの?」

「血筋だそうだ。向こうはお偉いさんの息子で、こっちは妾でもないメイドの息子だったからだと。死んでもいいのは身分が低い人間だろ?」


 当然の疑問に肩を竦めながら答える。最後の決め手は異世界らしい身分制度だったという訳だ。


「それで俺が晴れて勇者に、向こうが王様になったって訳だ。それからはしばらく訓練して教育を受けて、晴れて勇者の冒険に続くってな」


 自分の過去を語り終えれば、ふと肩が軽くなるのを感じた。重く苦しく、このつまらない話を――ずっと誰かに聞いてほしかったのだろう。


「なんか俺の話っていうか、ほとんどツヴァイの話だったな」


 頭を掻きながら自嘲する。結局俺の少年時代なんてものは、あいつとの思い出しかないのだから。父さんがいて、母さんがいて、ヒナがいて友達がいて、遊びきれない程の娯楽に囲まれた現代とは違う、『クソつまらない』だけの話だ。


「いいお兄さんだったんだ」

「どうだろうな、バカで直情的で考えなしで、そのくせ人を惹きつけるのが上手くて」


 あの脳天気なガキ大将から教わった事だけは、今でも良く覚えている。


「大切な事を教えてくれたよ……『兄弟ってのは、なんでも分け合うものだ』ってさ」


 初めてあの部屋に連れて行かれた時、分け合ったパンの味を覚えている。


「カビの生えたパンも、味のない冷めたスープも、薄汚れた毛布も……俺達はそうしたよ」


 人間扱いなんてされなかった。殺し合いだけが許された。それでも過去はこの場所に続いているから。


「あいつが居なかったら、俺はここに居なかったって事だけは確かだろうな」


 あいつは俺にとって、命の恩人なのだろう。

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