第五話 長い一日⑦~狂気の産物~
「それにしてもひどいわ、私より先に遊園地に行っちゃうんだもの」
瞬時に二人は振り返ると、彼女に対して膝をつき頭を垂れた。
「……お友達も出来たみたいだし」
「ええ、素晴らしい友人で」
「『おすわり』」
ミカエルが口を開いた瞬間、『衝撃』の魔法が二人を遅い地面に平伏をさせた。
「二人とも、『おー手』」
今度は……魔法でも魔術でもないのだろう。ただの無邪気なそのお願いに、二人は逆らえずに右手を差し出す。そしてユーミリアはそれを見て、わざとらしく手を叩いた。
「まぁ、素敵な指輪! ここのお土産屋さんで買えるのかしら? ね、いくらだったの? 千円、二千円?」
――まずいな。
「それとも……一億円くらいかしら」
随分と価値が上がっているじゃないか。
「初めましてお二人共、この二"匹"の『飼い主』の……ユーミリア=エル=グランテリオスと申します。ごめんなさいね、躾がなってなくてうるさかったでしょう?」
「……てっきり放し飼いだと思ってたよ」
失礼に失礼を返して見せるが、そんな事は意にも止めない……この態度、あいつを思い出させるには十分だ。
「ええ、そうですよ……でもすごいですねこちらの世界は、どんなに放し飼いにしていてもすぐに迎えに行けるんですから」
そう言ってユーミリアは、異世界のドレスとは似つかわしくないタブレットを取り出した。そこに映し出されているのはここの地図で……赤い点はミカエルとアリエスを指している。
「『GPS』に『盗聴器』……とぉーっても便利な魔法ですね」
ミカエルが持たされていたというあの携帯か、随分な事をしてくれるじゃないか。
「ところでそのぉ……こちらも名乗ったのですから。異界のご友人にお名前を伺ってもよろしいですか?」
「皆川ユウ、ただの高校生だ」
ヒナを右手で制止しながら、俺は名乗る。これが……今日まで生きていた俺の名前だ。
「ふふっ、高校生というご身分には『ただの』だなんて枕言葉が付くんですね」
見透かされたような態度に神経を逆撫でされる。それからその二人を、ゴミのように扱う態度も。
たとえそれが王族と貴族の『正しい上下関係』だとしても。
「さーて、この二匹にはちゃあんと躾を」
「やめてください」
だがこいつが気に入らないのは俺だけじゃなかったらしい。
「まだ知り合ったばかりですけど……その二人は私達の友人です。異世界だとどうかなんて知りたくもありませんが、この世界ではちゃんと人として扱って下さい!」
ヒナがそんな事を言ってくれるから、心の底から嬉しくなる。けれどこの女には、そんな言葉は届かない。
「やめろヒナ、何を言っても無駄だ」
「だけど!」
絶対王政。歴史の教科書で誰もが知るその言葉の重さを――彼女はまだ知らないのだから。
「……お互い苦労しますね、ユウさん」
ため息をついてから、ユーミリアが微笑んで。
「出来の悪い『犬』を飼うのは」
ヒナを指してそう言い放った。
「お前らがやってきて……まだ数日しか経ってないんだよな」
たったそれだけの間に、世の中は上を下への大騒ぎで、俺の日常だって崩れ去って。
「忘れていたよ。グランテリオスって国が、アルスフェリアって世界が……どんな場所だったかって」
鼻先をくすぐるのは血の匂いだ。それから剣を通って指先に伝わった、あの肉を切り裂く感覚。耳の奥にこびりついた断末魔は、目を閉じる度思い出せるから。
「まぁ、それはいけませんね」
「だけど安心してくれ、どこかの誰かのおかげで思い出したからな」
あの顔を覚えている。
「お前みたいのを、俺は」
恐怖に歪み、命乞いをした彼らの顔を。その瞳に移りこんだ、生気の無い自分の顔を。
まだ勇者になる前に。
俺は。
「――飽きるほど殺して来たってな」
殺す。
心の中でそう呟いた瞬間、感情が消えて無くなる。躊躇も加減も必要ない、在りし日の自分がここにいる。
魔力を纏え、剣を握れ。体に染み付いた所作を、なぞるように再現する。
ただ目の前の敵を屠るために。
殺せ。
その力を奪い取れ、ただ一振りの剣であれ。強くなるため、守るため。
――世界を救う、勇者であれ。
「ダメッ!」
後ろからの衝撃に、動きを封じられる。誰だ俺を阻むのは、誰だこの道を汚すものは。
「大丈夫だよ、私……何言われたって平気だから」
ヒナがいた。
ずっと俺の隣にいてくれた人は、まだここにいてくれて。
「私の知らない顔、しないでよ」
涙が浮かぶその瞳には、俺の顔が映っている。そこには『皆川ユウ』ではあり得ない、修羅のような男がいて。
「……ごめん、ヒナ」
「うん」
背中から伝わる体温が、ゆっくりと心に染み渡っていく。大丈夫、大丈夫だと教えてくれる。俺はまだ、ただの高校生でいてもいいと。
「やっぱり躾のなっていない……今度は私からお伺いしますね」
スカートの両端をつまみ、正式なお辞儀をするユーミリア。やはりこいつはわかっているのだろう。
「それでは御機嫌よう」
こいつが頭を下げるのは、俺が勇者だからじゃない。ミカエルもアリエスも、ガイアスやエステルでさえ俺の出自を知っているからだ。
俺が、勇者という存在が。
「……『叔父』さま」
王家が継承魔術で生み出した、狂気の産物だって事を。
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