第七話 名前⑥~魔王の卵~
俺の表情を察したのか、ユーミリアが苦笑いを浮かべる。それから咳払いで調子を取り戻してからゆっくりと説明を始めてくれた。
「勇者についてお話しますが……これは皆様も御存知の通り、世界の危機に現れるという伝説の英雄の総称です。ですが勇者には、我々にはない特徴を持っています」
「特徴?」
そんな物あるのか。
「全ての魔法や魔術を……正しく行使する事が出来るのです」
「うっわ、チート野郎じゃんそんなの」
ユーミリアの説明に思わずそんな言葉が漏れる。正しく、というのが肝だ。魔法の発動に失敗する事もなければ、集中力が切れたせいで威力が減衰するような事もない。
「そ、そうですね」
苦笑いを浮かべるユーミリア。
「わかるぞ、イキリチート主人公ほど見苦しい物はないからな」
腕を組みうんうんと一人頷いていると、ツヴァイからため息が聞こえてきた。
「あのなぁ」
それから俺の顔面を指差す。つい『俺何かやっちゃいました?』というセリフが頭をよぎるが、それを言えば最大なフラグ建築になってしまいそうで……。
「お前、『本物』の勇者だからな」
ほらな。
「いやでも、俺はユリウスの子供である俺が勇者の血筋だっていうなら……こいつも勇者なんじゃないのか? 腹違いではあるけどさ」
「その、まだ不確かなことではあるのですが……勇者という存在に血筋は関係ないと思われます。世界の抑止力として自然発生するというか」
何それこわい。
「それに俺は勇者って言っても、魔力量は五十万だぞ? 二人と同じぐらいじゃないか、それでチート認定ってのは」
そうだそうだ、強いと言っても俺並みに強い奴が目の前にいるじゃないか……さっき二人ともボコボコにしたけどさ。
「最後に測った時は、な……」
天を仰ぐツヴァイ。最後にって、魔力量が十万超えたらそれ以上はほとんど伸びないってのは常識だろ、測る必要あるかよ。
「勇者様、失礼致します」
と、ここでユーミリアがいつかあの地下で見た、大きな機械と線で繋がれたオペラグラスを取り出した。そうそうこれで魔力量わかるんだよな。もっと小型化出来れば便利なのに。
「うわぁ」
人の顔を見るなりそんな声を漏らすユーミリア。そのままオペラグラスの部分をツヴァイに渡せば、もう一度覗き込まれる。
「うっわ……」
人の顔見て言う台詞じゃないだろ。
「で、結果は?」
「……魔力量二百七十八万です」
うっっっっわ。無いわ、無いわ何それ化け物だわ。ていうかなに俺、そんな魔力量ゴリ押しゴリラのくせに『ただの身体強化と魔力操作だが?』とか言ってたの? クッソ恥ずかしい奴じゃん。
「勘違い系クソイキリチート主人公でごめんなさい……」
本当先輩帰らせておいて良かったわ、いや本当いたら何言われてたかわかんないわ。
「あっ、いえその……恐らくですが、先程私を脅す為に継承魔術を使いましたよね? それで恐らく溜まっていたものが全て継承されたのかと」
「なんだよ、じゃあお前ら倒したのは実力だったのか」
あー良かったわー俺勘違い系クソイキリチート主人公じゃなくて良かったわーこの二人倒したの俺の『実力』で間違いなかったわー……うわめっちゃ睨んでくるじゃん二人とも。
いや、やっぱりおかしいぞこの話。
「待て、何で継承魔術で魔力量上がってるんだよ。あれは血縁じゃなければ発動しないだろ」
「その、本物の勇者様は魔術も完璧に扱えますから。そもそも『継承魔術に血縁関係が必要』という前提自体が無関係かと」
「しょ、証拠は?」
苦し紛れにそう尋ねれば、ユーミリアは一通の開封済みの封筒を手渡してくれた。
「……差し出がましいかもしれませんがこちらを御覧頂けないでしょうか」
「DNA鑑定親子鑑定書って」
中身を改めれば、お話の中でしか見た事のない文字が並んでいた。
「勇者様とユリウス先王の遺髪をこちらの世界で比較したものです。どちらも国にとっては大事な人物です、厳重に保存していたのが幸いしました」
「結果は……『生物学的な親子関係ではありません』か」
つまり俺はあの王家の、こいつらの……他人だったのか。
「向こうでの俺の母親は後宮で働いてたメイドだったた筈だぞ? 男子禁制じゃないのか?」
「推測ではありますが」
いつか聞き齧った疑問を口にすれば、ユーミリアは軽く咳払いをして。
「あなた様! このメアリー身も心も捧げると誓いましたが、あの汚らしい王にこの身を穢されてしました! どうか先に旅立つ事をお許し下さい……駄目だメアリーっ、逝くなっ! 例えその身を穢されようとも、お前の心だけは奪わせまいっ! ああ、なんて事でしょうあなた様……もしも許されるのであればどうか卑しいこの私に御慈悲をいただけないでしょうか! ちなみに隠し通路は同封した地図に」
情緒たっぷりの長台詞を述べた後、最後にダメ押しの咳払いをしてくれた。
「……推測ですが」
「こいつこういう本ばっか読んでんだ」
「もうお父様!」
まぁ年頃の女の子の趣味はいつの時代も変わらないという事で。
「実際なぁ、後宮が六つで嫁が百人超えだなんてまともに管理できてなかったらしいんだよ。まとめてぶっ壊した時に、嫌というほど隠し通路があってな」
まぁそうだろうな、と納得する。勇者候補だったユリウスの子供が何人いたのかまでは知らないが、少なくとも嫁の数以上にいたはずだ。その辺の私立学校以上の規模が必要だと考えると、厳密に管理するのは無理だろう。
だけどまだこの話だけでは完全に納得できない。
「……いや、やっぱりおかしいぞ。俺が倒してきたのは魔物とか魔人とかいう連中だけだ。継承魔術がそもそも使える相手じゃないだろ」
継承魔術は人と人との間で行うものだ。食用の家畜を殺して継承出来るなんて話は聞いた事がない。
「流石です勇者様、そこからが本題となります。魔物という存在ですが……これは人や動物が『魔』というものに取り憑かれた存在なのです」
成程ね、俺が今まで倒した魔物の中に、元は人間だった連中がいる訳か。結局その辺のRPGよろしく、敵を倒すと強くなるというのが勇者としての能力だったという訳だ。もっともその敵の中には。
「人、か……」
「申し訳ございません……ご気分を害してしまって」
「いいよ、続けてくれ」
余計な気を使わせてしまったユーミリアに話の続きを促せば、彼女は小さく頭を下げてからその通りにしてくれた。
「勇者様が魔王を討ち取ったおかげで、アルスフェリアからは魔物という存在が消滅しました……これは魔王が死に際にあの世界中から『魔』を集めたと考えられています。とても高密度で、小さく、あの穴を通れるぐらいに」
そこで全ての話が繋がる。魔王は死に際に全ての『魔』と呼ぶべき物を集め、そしてこちらにやって来たと。
「その結晶体……我々が『魔王の卵』と名付けたものがこちらの世界にあるのです」
で、グランテリオス王家もそれを追っていると。だが彼らに魔王を倒せる力はないから。
「それでわざわざ俺に恨まれて殺されようとしてたって話か。親子揃って経験値に、ね」
そこで二人は小さく頷く。頷いたのだが……なんだか煮え切らない表情をしてるな。
「もちろんそれもあるのですが……私達はそもそも『勇者様が勇者の力を使えるか』を確認する必要があったのです」
「ああ、それなら大丈夫だったろ?」
が、やはり二人の表情は暗いままだ。
「それがその……全然大丈夫じゃなかったと言いますか、むしろ使えなかった方が良いと言いますか」
話を仕切り直すかのように、ユーミリアが本日何度目かの咳払いをする。
「まず勇者様の『勘違い』について正させて頂きます。先程は『魔王がこの世界にいると勇者様が証明した』についての説明でもありますが」
勘違い系は嫌なので、背筋を伸ばして耳を傾ける。
「この地球に魔力があるというのはご存知ですか?」
「ああ、ミカエルからあるって聞いたな」
「ええ、むしろアルスフェリアより多いぐらいなんです。例の穴を門まで広げられたのは、こちらの世界に存在する魔力を思う存分使えたおかげなのですから」
アルスフェリアより魔力が多いのは、この世界に魔法も魔術も存在しないからだろう。使い方をわからなかったんだ、当然の事だ。
「それで勇者様……ミカエルとの会話を盗ちょ、いえ拝聴させて頂いたのですが、勇者の力が戻ったのは最近の事なのですよね?」
「そうだな」
「勇者の力は強大です。言わば世界の抑止力……何の条件もなく扱えるものではありません」
「条件って」
それが何なのか直感で理解してしまう。なぜ勇者が強いのか、そんな事は決まっている。
「魔王、か」
そう呟けば、二人は重苦しく頷いた。
「魔王という強大な存在がいるからこそ、勇者という規格外の力が許されるのです」
「じゃあ俺が勇者の力が使えるって事は」
「ええ」
あの地獄が頭を過った。厭というほど人が死んで、飽きるくらいに何かを殺した。血を血で洗う事でしか、前に進めなかった世界が今。
「『魔王の卵』が……孵ろうとしています」
当たり前に続くと思っていた、俺たちの日常を確かに蝕んだ。
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