第一話 異世界からの来訪者②~元勇者の高校生活~

 この世界に転生して早十六年、俺はもうすっかりと『皆川ユウ』としての常識を身につけていた。


 例えば両親の事とか。


 父さんこと皆川聡志の仕事はマイナーなヨーロッパの言語の翻訳家で、日本のエンタメ作品の翻訳で生計を立てている。基本的には在宅の仕事だが、実際に現地に赴く事も多く家を開ける時は平気で一週間もいなくなる。まぁ愛妻家でもあり恐妻家でもあるため、出張先から毎日連絡を入れてくるのだが。


 んで母さんこと皆川マリカはその現地のアニメイベントで出会ったコスプレが趣味の元ファッションモデルだ。今では日本語を難なく喋っているが、アニメをちゃんと日本語で楽しみたくて必死に覚えたらしい。そんな時に出会ったのが父さん、という訳だ。


 ちなみにモデルの仕事はバイト感覚でたまにしているが、コスプレの方は……まぁこの歳になれば親のそんな話は聞かないのが『常識』だ。

 

 とまぁいわゆる俺の両親は中々重度の『オタク』であり、四歳児に一日八時間もアニメを見せる家庭は珍しかった、との事だ。その教育のせいで周りと話が噛み合わなかった事は何度かあったが、この歳にもなれば何が間違っていたのかぐらいは理解している。


 そうそう、アニメと言えばガン●ムだが……やはり実在するというのは俺の勘違いだった。日本各地にある立像は本物じゃなかったし、母さんのクローゼットにあったのはコスプレ用の衣装だった。だが何よりも俺を落胆させたのは……巨大ロボットより危険で夢のない兵器が世界には転がっていた事だろうか。


 銃、戦車、戦闘機、潜水艦にイージス艦、弾道ミサイルに核爆弾。勇者とか魔王とか、そういう類の存在を兵器で超越する武器が世界中に散らばっている。結局平和な世界なんて夢物語だったかも知れないけれど。


「ユウー? 早くしないと遅刻するよー」


 両親は相変わらず仲が良くて、隣に住むヒナとの家族ぐるみでの付き合いはこの春入学したばかりの高校でも続いていたから。


 少なくとも俺の周りは、疑いようのないくらいに平和だった。







「そう言えばユウ、部活決めた?」


 八時二分のバスに揺られながら、ヒナがそんな事を尋ねてきた。高校に入学して早一週間、平和な俺達の目下の悩みは『高校の部活をどうするか』という実にそれらしい悩みだった。


「いやそれが、パンフにあった模型部は去年廃部したみたいでさ……e-sports部も覗いてみたけどFPSばっかりだったし、帰宅部入ってバイトでもするかな」


 第一候補は模型部だったのだが、部員減少の煽りを受けて既に廃部してしまっていた。第二候補は格ゲーがやりたかった俺的にはパッとしない……どうも銃の感覚ってわからないんだよな。


「うわ、候補が見事に文化系じゃん……体育会系入らないの? 運動得意でしょ」

「得意だけど好きじゃないんだよ……目立つのもさ」


 いわゆる前世の影響なのか、体を動かすのは人よりも上手かった。だが魔法が存在しないこの世界では所詮物理法則の範囲内でしか動かせない。なんというか、高速道路降りた後に一般道走ったら妙に遅く感じるみたいな……そういう違和感があってあまり気が進まないのだ。


 あと運動は良くも悪くも目立ってしまう、というのも本音だ。せっかく一般家庭に生まれ変わったんだ、もう祭り上げられたり持て囃されたりするのはうんざりなのだ。


「勿体ない、その気になれば学園の王子様にだってなれそうなのに」


 王子様。自分で言うのも嫌になるが、今の自分はそう呼ばれても仕方ない容姿になっていた。日本産まれには珍しい金髪で背は百八十センチまで伸び、母さんに頼まれてモデルまでさせられた事もある。ただ物珍しさで噂の種になるのはあまりいい気はして来なかったが。


「絶対嫌だ」


 そしてなによりも記憶にある本物の王子様がクソ野郎だったので反射的に言葉を返してしまった。


「残念。そうなったらユウの昔の写真を一枚二百円ぐらいで売ろうかなって思ってたのに」


 何その商売。


「お前それやったら」

「やったら?」

「……五割が俺の取り分だ」


 二十枚ぐらい売ったらまぁまぁ良いプラモ買えるな。金貯めてアケコンでも良いな。


「嫌な王子様だねぇ」

「王子様ってのはそういうもんなんだよ、知らなかったのか?」


 ちなみに俺の知っているクソ王子様なら十割要求してくるぞ。オレの懐を暖めた名誉に喜びのたうち回るが良い、とか言ってさ。


「……たまに見てきた事言うよね、ユウって」


 肩をすくめるヒナの言葉に、今度は何も返さない。所詮は遠い世界の昔話、何を言っても今更だ。


「まぁでも、一通り運動部の見学に行ってみない?」

「何でだよ」


 不満混じり返事をすれば、ヒナは諦めたように苦笑いを浮かべる。


「いやーそれがさ、中学の頃の友達とか先輩からユウの事連れてきてくれって頼まれてて。ほらうちの高校って進学校寄りでスポーツ特待生とかもいないから、どこも将来有望な運動部員が欲しい訳ですよ」


 俺のやる気は別として、少なくともこの恵まれた体格と勇者としての経験は『スポーツ万能』という称号をもらえるぐらいには役に立っていた。まぁ身体強化の魔法がないのであくまで高校生の範疇ではあるのだが。


「それ俺に何の得があるんだよ」

「お願いっ! ここは私の顔を立てると思ってさ」


 右手で俺を拝みながら、深々と頭を下げて来るヒナ。


「ちらっ」


 それからわざとらしい擬音付きで、目をパチパチとさせて来た。


「ちらちらっ」


 ――はっきり言うが、綾崎ヒナは可愛い。幼馴染という色眼鏡を抜きにしても、結構な美少女である。少し大きな丸い瞳に、少しふわっとした黒髪を首の後ろで二つ束ね、その毛先を肩のとこに出している……だが彼女の魅力はそれだけじゃない。


 巨乳だ。学校指定のブレザーが膨張色であるベージュということも相まってか、中学の時よりも大きく見える。


 そんな可愛い女子高生に頼まれて断れる人間などいるはずもなく……が、騙されてはいけない。綾崎ヒナがいい奴という結論は変わらないが、同時に抜け目のない奴でもあるのだから。


「お前には何の得があるんだよ」

「えっ!? あー……まぁその、一つの部活につき紹介料五百円です、はい」


 人の写真より良い商売しやがって、だが金は俺も欲しいという気持ちはよくわかるので。


「五割」

「……仕方ない、それで手を打ってあげますか」


 やれやれとでも言いたげな仕草をしながら、上から目線でヒナが言う。全く、何でお前が偉そうなんだよ。


「んで、ヒナは部活動するんだよ」


 と、当の本人について尋ねる。まぁヒナがマネージャーとかやってくれるなら、少しぐらいは運動部だって悪くはないと思えるのだが。


「え、私?」


 少し驚いてから、ヒナは鞄を開けて一枚の部活紹介のビラを見せてくれた。黒塗りの紙には円と五芒星で構成された魔法陣のイラストがあって。


「黒魔術研究部だけど?」


 なんでだよ、模型部よりそっちを廃部にしてくれよ。


「いやだねぇ、高校にも入って魔法がどうとか言いだす人は」


 学校内でガン●ラ作り放題という模型部を潰された恨みを込めて、嫌味たらしく文句を言う。人には運動部勧めておいて自分は黒魔術て。


「えーっ、いいじゃん魔法……ロマンがあってさ。気に入らない奴をこう、バシーンってさ」


 ヒナが日曜朝の魔法少女物を卒業するのは意外と早かったが、それでも日本が整備したオタク街道から彼女は逃れられなかった。ちょっとスマホを開けばファンタジー漫画が山ほど読めるし、アニメだって毎クール新しいのがやって来る。


 後はまぁ皆川家で過ごす時間が多かったせいだろう、あそこは子供の手が届く範囲にその手の娯楽が多すぎるのだから。


「いやロマンならガン●ムの方があるだろ」


 が、俺は意見を曲げない。俺にとって魔法はロマンなんかじゃない、夢も希望もない現実的な代物だったせいだ。


「嫌だよガン●ム、重いし暗いしロボットの見分けつかないんだもん。絶対魔法がバンバン出てくるアニメの方が良いって」


 ――この期に及んでまだ言うか、この幼馴染は。


「ガン●ム」

「魔法」

「ガン●ム」

「魔法」

「ガン●」


 いつかのような言い合いをしていると、隣に立っていたサラリーマンが咳払いを一つした。萎縮した俺達は小さく頭を下げてから、少しだけ声の調子を落として会話を再開させた。


「お互い成長しないな」

「晴れて志望校に行けた訳だし、そうでもないと思うけどな」


 なんてヒナが言うもんだから、彼女の成長著しい胸部に思わず目線がですね。


「……どこ見てるのかな?」


 刺された一言に萎縮して、思わずバスの外を眺める。わぁ、小鳥が鳴いてるなぁ。


「それじゃあユウ、放課後は『手数料』引いて四割でお願いね」


 『見物料』の間違いではなんて口が裂けても言えないけれど、せめて彼女には仕返しがしたかったから。


「……任務了解」


 彼女に通じないネタを使えば、案の定苦笑いを返してくれた。


 まぁ可愛い幼馴染の頼みだ、せいぜい頑張るとしますか。


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