第一話 異世界からの来訪者③~この世界にはない力で~
放課後、全ての体験入部を終えた俺は肩を落としながらヒナと通学路を歩いていた。本当はバスで帰りたかったが、丁度いい時間を逃したから仕方ない。
野球、サッカー、バスケ、バレー、バドミントン、陸上。
「六つは無理だって……」
今日の感想が思わず口の端から漏れる。野球、サッカー、バスケ、バレー、バドミントン、陸上。体を動かす分にはまだ良かったのだが、その後の勧誘を断るのがしんどかった。
「おつかれさま、ユウ! はい今回の取り分」
と、ここで満面の笑みを浮かべたヒナが俺に約束通り千二百円を手渡してくれた。三時間ぐらいかかったから、時給四百円ぐらいか。ブラック企業も真っ青だ。
「帰宅部に入ってバイトするかな、やっぱり」
「えーっ、それだと私が儲けられないじゃん。ちゃんと養ってよ」
「あのね、ピンハネは養うって言わないの」
養われたいなら養われたいだけの態度を示してくれないかなうちの幼馴染様は、それなら、まぁ……まぁそれでいいけど、って何を考えてるんだよ俺は。
「だいたいお前、そんな金稼いで何に使うんだよ。金遣い荒い方でもないだろ?」
「あのね、女子高生はいくらあっても足りないの。それに黒魔術研究部に入ったら欲しい物増えちゃってさ」
気恥ずかしくなって話題を切り替えれば、ヒナは小さく舌を出しながら本音を漏らしてくれた。
「黒魔術グッズってどこで売ってるんだよ」
あっちの世界だと魔物の血とか死骸が一般的だったが、日本でそんな物売ってる筈もない、というか売っていたら困る。なんてしょうもない事で悩んでいると、ヒナは得意げな顔をして答えてくれた。
「駅前のハ●ズ」
……それ手品グッズじゃね?
「魔法なんてフィクションだってわかってるよ私も、もう子供じゃないからね。だけど思う訳ですよ、そういう憧れに届こうとするのが大事だって」
「憧れねぇ」
彼女の言葉はもっともだと思えた。俺がここにいるのだって、憧れがあったおかげなのだろう。
「ユウだって思わない? 魔法使えたら何しようかなって」
ああ、確かに思ったさ。
「……毎朝学校行って、半分寝ながら授業受けて、放課後寄り道してから帰って、家でゲームしたりプラモ作って、寝て起きたら学校行って」
魔法なんて物騒な物が必要ない、平和な世界で生きていけたらと。
「それ今と変わらないじゃん」
「そりゃそうだろ」
あの残酷で人の命が吹けば飛ぶような世界を救って、手にした願いがここにあるから。
「えーっ、一緒に異世界に行って無双しようよ」
「しないって」
「何でさ」
「それはもうやっ」
……危ない危ない、
「やっ?」
「やり尽くされてる話だよなぁー……って」
明後日の方向を向けば、ビルから垂れ下がった看板が目に入る。わぁ、あのアニメの二期決定したんだぁ。
「定番は定番だから良いのに、わかってないねユウは」
なんて有識者気取りのセリフをヒナが言えば、彼女の腹の虫が大きな音を立てた。
「確かに定番は良いものだな……金も入ったし何か食いに行くか」
顔を赤くするヒナを見れば、思わず顔がにやけてしまう。こういう肝心な場面でヒロインの腹の虫が鳴るなんて、これ以上にない定番なのだから。
「ユ、ユウが言い出したんだから奢ってよね!」
「それは定番じゃないだろ」
「可愛い幼馴染には奢れって言うでしょ? ほら、先行くよ!」
そう言ってヒナは横断歩道へと駆け出すから、俺はため息をついてその後をついていく。こんな定番まみれの毎日が、いつまでも続きますようにと願いながら。
――瞬間、クラクションが鳴り響いた。
世界が、視界がゆっくりと動き出す。彼女の眼前には、赤信号を無視したトラックが迫っていて。
トラックって、異世界転生の定番じゃあるまいし――なんて気の抜けた戯言が、頭の中を静かに過る。だって俺は、普通の高校生だから。
どうすれば良い、何が出来る? こんな物を目の前にして、出来る事なんて無いじゃないか。今から飛び出したって、もう追いつく筈もない。ただ黙って彼女がはね飛ばされるのを、見ている事しか出来ないじゃないか。
違う、違う違う違う。
出来るんだ、俺にはずっと出来たじゃなか。
魔力を……この世界には存在しない超常の力を、無数の糸に束ね、編み上げる。
その数、五十万。
人類の限界と言われている十万を軽く超える魔力量こそが、勇者を勇者たらしめた力だった。
編み上げた魔力で全身を覆い、そのまま地面を書き出した。ただのスニーカーのくせに、アスファルトにめり込む音が聞こえた。
届く。ヒナの鼻先まで迫ったそれに、この力なら届いてくれる。そのまま彼女の隣に立ち、トラックを思い切り蹴り飛ばした。
フロントパネルがひしゃげ、行き場の無くなった衝撃がそのままトラックを後ろへ吹き飛ばそうとする。だからバンパーを掴み、そのままアスファルトの道路へ叩きつければ、今度は道路にヒビが入った。
運転手の安否はどうだ。不安になって運転席を見れば、赤ら顔の運転手が気持ちよさそうにエアバッグを枕にして眠りこけていた。
「ユウ、今のは……」
呆然とした顔で俺を覗き込むヒナの顔を見て、『現実』が襲ってくるのを感じた。トラックの賠償金とか警察がどうとか事故の事情聴取とかそういう類の単語が次々と。
不安になって周囲を見回す。目撃者らしき人はゼロじゃないが、幸いスマホを向けるような人はいなかった。傍から見ればトラックがすんでのところで急ブレーキを踏んで停車した……そう思ってくれるかもしれない。
ひしゃげたフロントパネルと道路のヒビに目を瞑れば、だけど。
幸い怪我人はいない、後続車の姿も見えない。なら俺のやるべき事は――。
「逃げるぞ、ヒナ」
尻餅をついたヒナの右手を掴んで、俺は一目散に走り出した。
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