第二話 受け継がれるもの②~国宝借りパク野郎~

 さて。


 さっきは口から出まかせだったが、俺が処刑される理由が『家宝の壺を割った』というのはあながち間違いでもないんじゃないか?


 本当に壺を割った訳じゃないが、家宝、いや国宝とでも呼ぶべき物は……。


「……異空庫」


 随分と久しぶりにそう呟けば、目の前の空間が裂け……まぁゲームのバグった画面みたいになった。必要魔力量が多すぎて勇者ぐらいしかまともに使えない秘伝魔法の一つなのだが、平たく言えばインベントリとかアイテムボックスの類である。


 しかし問題はこのスキルではなく、その中身だ。やはりこの中で一番高価なものといえば……。


「十六年ぶりだな、相棒」


 取り出したそれの柄を握れば、自然とそんな言葉が漏れていた。この世界の体だというのに、驚く程違和感もなく手に馴染む。夜空を思わせる青と灰の混じった刀身はその輝きを失ってはいない。


 聖剣アルスフェリア=ハウル。世界の嘆きと銘打たれたそれは、文字通り神が作ったという伝説を持つアルスフェリア最強の剣だ。


 大体なんでも切れるので、まぁガン●ムのビームサーベルぐらいの威力だ。リーチだって魔力を込めれば五メートルぐらいにはなるが……まぁ雪山で風呂を沸かせるビームサーベルの方が便利だな、うん。


 などとアニメの思い出に現実逃避するまでもなく、これが処刑の原因に思えて来た。一応これはグランテリオス王国が勇者に貸し与えているという扱いなので、とどのつまり今の俺は。




 ――国宝借りパク野郎だ。




「ユウ、いる?」

「おああああああああああああっ!?」


ノックもなしに扉を開けて来たヒナに焦り散らかしながらも、なんとか聖剣を異空庫へと送り返す。危なっ、見られてないよなこの最重要証拠物件。


「ま、まだ帰ってなかったのかよ!」

「食器洗うの手伝ってたんだけど」


 あ、ありがとうございます。


「……で、何してたの?」

「え? いや特に何も」

「まぁ何でも良いけど」


 あからさまにとぼけてみれば、ため息交じりの言葉が返ってきた。


「あのさ、今日の事なんだけど……さ」


 床に視線を落とし、足でのの字を書きながらヒナが躊躇いがちに話を始める。


「あーいや、なんのことだろうなー」


 ので、もう思い切り誤魔化す。どれだけ不恰好でもどれだけわざとらしくても、俺が異世界で指名手配済みの国宝借りパク野郎だと知られる訳にはいかないのだ。


「わかった、ユウが言いたくなるまで聞かない。それでいいでしょ?」


 ヒナの提案に俺は黙って頷いた。ここでほら頷いたやっぱり秘密があるんでしょ、なんて聞いてくるかと思ったが。


「代わりにさ……一つだけ教えてよ」


 うつむいて、小さな拳をギュッと握って。絞り出すように彼女は呟く。


「ユウはさ、悪い事なんてしてないよね?」


 思わず唾を飲み込んだ。悪い事……そういう物事の善悪については、この世界に来てからの方がずっと考えるようになった。


 魔物を殺した。殺して殺して殺して殺して、ついには魔王さえも殺した。


 だけどそうしなければ、人は生きていけなかった。今だからこそ思う、あれは人と魔という存在の戦争だったのだと。


 善良な魔物を殺して、下衆な人間を生かした事もあったのだろう。善悪の基準なんてものは、立っている場所の違いでしか無かったのかもしれない。


 だとしても。


「俺は……俺が正しいって思える事を、必死にやって来たつもりだよ」


 俺は人間の側に立った勇者だったから。そうしなければ失われた物があの世界にはあったから。


 争いはいけませんとか、戦争はどっちも悪いだとか。そういう綺麗事で洗い流せられないくらいには、人は血を流しすぎていたんだ。


「そっか」


 頷くヒナに不恰好な笑顔を返す。こういうどこにでもいるような少女が、いつまでも綺麗事の中で生きられる世界であればいいと心の片隅で願いながら。


「仕方ないなぁ、しばらくはそれで許してあげる」


 肩をすくめてくれたヒナに、思わず安堵のため息が漏れる。もう自白しているような物かもしれないが、こういう建前は現代人には必要なのだから。


「だけどね」


 なんて油断したらヒナにずいと詰め寄られる。近い近い、顔が近いって。


「困った事があったら、一人で何とかしようとしないで私に相談する事。それがこれ以上聞かない条件だからね?」


 ああそっか……こいつ、俺の心配してくれてたんだ。叶わないな、無敵の幼馴染様には。


「……わかったよ」

「うんよろしい」


 ヒナは満足そうに笑うと、俺の鼻を人差し指でつんと押した。それにどんな意味があったのか俺にはわからなかったが……。


「いけーユウッ、そこで押し倒せーっ」

「ユウくんいきなさーい、私達二時間ぐらいの外出もやぶさかじゃないわーっ」


 息子の部屋を覗きながら、小声で茶々を入れてくる両親の期待している意味ではないのだろう。


「か、帰ります! 晩御飯ご馳走様でしたっ!」


 ヒナの耳にも入っていたのか、彼女は顔を真っ赤にしてから大股で部屋を後にした。思い切り開けられた扉のせいで二人揃って尻餅をついていたが、出歯亀には良い薬だろう。


 俺はヒナを見送らずに部屋の扉を思い切り閉めると、異空庫とスマホのメモ帳を取り出して。


 ……とりあえず借りパクしてるアイテムのリストでも作る事にした。

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