第二話 受け継がれるもの③~クライオニール英雄譚~

 ――結構ガチでヤバかった。


 勇者借りパクリストの制作を試みたものの、なんかもう途中で作業の手が止まってしまった。とりあえず異空庫の中身の五分の一ぐらいまでを大体の向こうの相場で計算したところ。


 港区のタワマンが買える。


 最上階どころじゃない、一棟丸ごと買い取って土地代を支払ってもまだお釣りが来る。


 あと現金もヤバい、あの世界は紙幣じゃないから相当な量の金貨を国外どころか世界の外に持ち出してしまっているのだ。経済崩壊待ったなしだ。


 どうしよこれ。




 全部売っぱらって家の前にダブルオー クア●タの立像建ててぇ〜〜〜〜〜〜っ。


 金の許す限り俺の好きなモビルスーツランキング一位から順番に家の前に建ててぇ〜〜〜〜〜〜っ。

 



 なんて嘆いても仕方ない、作業を再開しようとした所俺はある物を異空庫の中で発見してしまったのだ。


 異世界の娯楽本だ。


 思えばこれが、これこそが俺の手持ちのアイテムの中で最も価値のある物だったかも知れない。仲間と呼べる存在がいたにはいたが、それでも一人の時間は多々あった。


 眠れない時、洞窟で雨宿りをした時、馬車で次の街へと向かう時。いつもこの本を取り出しては、何度も何度もページを開いた。


 なんてことはない、いつかの時代の英雄の冒険譚なのだが……きっと俺が魔王討伐を成し遂げられたのはこの物語があったからかも知れない。


 よし、読もう。もう三時だし明日も学校だけど今日ぐらいは思い出に浸っても良いじゃないか。


 なにせ俺はこれから魔王よりも強大な困難に立ち向かう、勇者その人なのだから。







「眠っ」


 相変わらずの八時二分のバスでほんの少しだけ寝たがまだ眠い。バス停から昇降口へと向かう途中、フラフラになりながら進んでみたもののヒナに背中を叩かれてしまう。


「うっわ、ユウったら凄い情けない顔してる」

「いや、掃除してたら漫画読み始める事ってあるだろ……」

「あるけど、それで眠いの?」

「そうだよ」


 結局一睡もしなかった……いや出来なかったんだ。


「ふぅん、徹夜するぐらい面白かったんだ」

「ああ」


 なぜなら、あの本は。


「クッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ」


 ずっと信じていたんだ、俺の心の支えだったあの物語はこの世界の娯楽に負けないぐらいの名作だって。


「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ」


 だから俺は徹夜でページを捲り続けた。いつだよ、いつになったらこの話面白くなるんだよと。


「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ーーーーーーーーーソつまんなかった……」


 ーーなりませんでした。今ならわかる、通販サイトで星一つをつけて長文でお気持ちを書き連ねる反転アンチの心が手に取るように。


「……そんなに?」

「当時の俺は何であんな物を何度も何度も読み返してたんだろうな……」


 この世界が発展しているのは技術だけではなかったと思い知らされる。娯楽だ、娯楽に関してはもう竹槍とステルス戦闘機以上の差があるじゃないか。


「当時って……絵本とか?」

「絵本の方が面白いに決まってるだろ!」


 何をどう考えたってババババとかズズズズしか書いてない絵本の方が面白い。


「で、どうつまんなかったのさ」

「まず主人公がヤバい、キャラぶれダブスタキザ野郎だった。三ページ前の発言を記憶できない程の馬鹿なくせに周りが不自然なまでに持ち上げてる」

「うっわ……」

「メインヒロインもなんか頭お花畑でいやお前が悪いじゃんどう考えてもこの惨状お前が引き起こしてるじゃん何悲劇のヒロインぶってんだよ謝罪行脚今すぐしてこいやって感じで」

「あー……」

「ストーリーも破綻してるし設定は致命的な矛盾ばっかりだし本当につまんなかったんだよ……なんていうかプロパガンダでももう少し面白いって言うか、作者の見栄と自己満足とこんな俺様を理解しない世界が悪いって感情の詰め合わせって感じでさ……」

「えっと……ご愁傷様?」

「本当だよ」


 とにかく文句を並べ立てたが、早い話があれは物語なんかじゃない……そう、俺様スゲーの妄想日記だ。


 だがそんな物が出回ったのは異世界側の事情がある……あの世界で本を執筆して出版できるのは、限られた金持ちだけだという事情が。


「で、なんて漫画?」

「え?」

「そんなにつまらないなら逆に気になるなって」


 やめるんだヒナ読んだら時間だけが無駄になる本って世の中にはあるんだぞ。具体的には俺の異空庫の中にさ。


「あー……と、父さんの本だからその、日本語じゃないぞ?」


 適当に誤魔化す。ちなみに父さんが生業としている言語、つまり母さんの母国語については、少しだけしか喋れない。ちなみに英語は喋れません。


「あー、それは読めないや」


 良かった誤魔化せたな。


「タイトルは?」

「えっと」


 正直に答えるべきか迷う。だが嘘を吐くコツというのは、ほんの少しの真実を混ぜる事だと俺は知っているから。


 どうせ確かめようのないんだ、ここは素直に答えようか。


「……『クライオニール英雄譚』だよ」


 グランテリオン王国の名家、初代クライオニール伯爵の冒険妄想日記である。よく考えれば自分の活躍に英雄譚ってタイトル付けるの見えてる地雷だよな本当に。俺の知っているクライオニールはもっと豪放な奴だったんだが、世代交代とは恐ろしい物である。


「え?」


 なんて考えていると、前を歩く一人の生徒が振り返って来た。


「あ、どちら様……?」


 身長は170センチぐらいの、顔立ちの整った華奢な美少年……って感じの男子生徒なのだが、髪の毛の色スカイブルーって。髪型も少し長めのマッシュヘアーに、片方のもみあげを編み込んで垂らしている。


「今、クライオニールって……いや、『翻訳』の精度が悪いのかな」


 バンドでもやってるのかな、キーボード弾いてそうだな……なんて偏見をぶつけていると、男子生徒はそそくさと校舎へと向かっていった。


「……アニメキャラみたいな人だったね」

「どっかで見た記憶あるんだよな……母さんの同類かな」


 まぁうちの母親とその友人が写ってる写真を見たら髪の毛の色なんて些細な事だ。ツノとか尻尾とか羽根とか生えてても普通だからな。


「いやいや、コスプレで学校通う人は流石にいないでしょ。同じ学校だしどこかですれ違ったんじゃない?」

「だよな」


 しかしあの鮮やかな青空のような髪の色、どっかで見たことあるんだよなぁ。

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